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外部リンク (画像) 文芸春秋の敗訴確定 性の儀式で「幸福の科学」に謝罪 2015年
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サラバ幸福の科学:はじめに

2010/01/01 05:50  Category:サラバ幸福の科学

趣味ブログ『BARONG』 http://barons.blog.fc2.com より  投稿日付は元記事に合わせてあります)



--投稿者 G.malta
数年前に、新興宗教〈幸福の科学〉に関するメールや紙コピーを知人などに送っていました。記事1本がプリントすると用紙1枚に収まるように文字数を調整していましたので、少し大雑把になったようです。その後いくらか訂正していましたが、満足できるものではありませんでした。いつかきちんとまとめようと思っていましたが、なかなか気力が湧きませんので、とりあえずここに残しておきたいと思います。『幸福の科学雑感報告』(9本)と『幸福の科学信者との対話』(41本)の二つに分けることにしました。
もしご意見・ご批判をいただけるようでしたら、それを参考にさせていただき、追記したいと思います。

この発端は、当時住んでいた地方のある自治体広報紙で、幸福の科学・大川隆法氏の著作を推薦していたことでした。あまりのことにびっくりして、これは放ってはおけないと、いくらか配っていたこの雑文のタイトルを『福竜丸』としていました。これはちょうど始めた頃が「第五福竜丸」の被爆した日に近かったからです。かつてこの船はアメリカの水爆実験によって被爆し、しかも日本政府はアメリカに責任追及ができないように工作された。
自分も役所の広報紙という爆弾によって「宗教被爆」を受けたような気がして、短絡的にネーミングしたものでした。本当にショックだったのです。

第五福竜丸の乗組員さんたちはその後亡くなりましたが、この事件で核兵器開発を憂う人たちが結束していきました。主に各地の主婦たちがそれぞれに活動をはじめ、ついには全国的な反核・原水爆禁止運動に発展しています。
大国は核武装で平和を守るという時代でした。〈幸福の科学〉も愛を説く平和な教団だと思う方がいらっしゃるでしょう。しかし実態はというと、お金や労力をしぼり取られたことを嘆く元信者さんたちが多い。悪霊が憑いているなどと侮辱され、いびり・いじめを受けた信者さんたちもいます。組織のありようが異常だとしか思えません。
反〈幸福の科学〉の大きな波が生まれて欲しいなと願っています。

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KK報告1 あさましき捏造

2010/01/01 06:50  Category:サラバ幸福の科学

〈幸福の科学〉雑感報告 第1信 初出2004/03/24

■ 町役場に推薦された教祖

 □□県□□町発行の広報紙2004年3月号に、こう書かれています。
【図書室からご案内 『幸福へのヒント』大川隆法著・幸福の科学出版/家庭の幸福にかかわるものを中心に集めた幸福のヒント集である。あなたの人生問題の解決に本書が役に立ったならば、ぜひ友人知人にもおすすめいただきたい、一書です】

 以上、推薦された著者は新興宗教『幸福の科学』の教祖。「人生問題の解決」とありますが、実は当人自身こそが何かと問題視されており、教団名を冠した出版社による発行です。図書室にどのような本をそろえようと町の自由かも知れません。しかしこのように、自治体が公金と公共の場(広報紙)を使って、特定の教団・教祖を推薦する行為が許されるのでしょうか?

 この一件を知ったのは広報紙が配布されてまもない頃。当方ではどうにも見過ごすことができず、町役場の発行責任者と、町議会あてにEメールで苦情を訴えました。自治体が一宗教家の本を推薦して良いものだろうかと。彼らが紹介した大川教祖が、他の宗教や政党などを誹謗した文書についても、少しだけ触れていました。
 公務への苦情なのだから、正式な返答は時間がかかるとしても、数日中には何らかの通知が届くだろうと思っていました。しかし3週間待っても全く音沙汰なし。実質的に無視されたということでしょうが、このまま黙殺されてはたまらない。ならば町関係者以外の方にもこの件について考えて頂ければと思い、拙いながらも本文を書き始めた次第です。

 当初の希望としては、翌月の広報紙で推薦を撤回してもらいたい、という程度にしか考えていませんでした。ただの一言ですむことです。しかしもし広報紙で宗教家を推薦することに問題がないというのであれば、その根拠を教えてもらいたかった。たったそれだけの事がなぜできないのでしょう。

 さて問題の大川隆法教祖ですが、彼は自ら「救世主」「地球最高神」だと称し、「宇宙と人類の創造者」だと豪語する人物です。釈迦如来の生まれ変わりとも言っていますが、古代インドの釈迦自身は、「如来は転生しない」と言い残しています。仏教とは、輪廻転生を止める法なのですから。



■ 暴言を武器とする宗教戦争

 自称救世主の大川氏は20世紀末(2000年頃)の世界破滅を予言して警告し、また韓国・朝鮮人、ユダヤ人、アメリカ等々、世界数か国の人を卑しめた差別文書を出版、映画化もしています。つまり公然と人権侵害を行った訳ですが、世紀末予言は当然ながら大外れでした。
 そうして数々の批判を受けた彼は、逆にマスコミや他宗を非難・攻撃し始めます。日本仏教界の重鎮たる天台宗の最澄すらも地獄にいる、それが元からの彼の主張ではありますが、既存の教団教祖はほとんど地獄に堕ちているという。

 特に昔から何かと噂の種になる巨大教団『創価学会』を怨念のごとく敵視しています。創価学会も色々と批判されてはおりますが、大川・幸福の科学による「他宗攻撃」の見本として、書籍『永遠の挑戦』より、発言を一部紹介します(1995年発行/1994年12月の講演を収録)。〔 〕内は当方の補足。


「最大にして最悪の宗教が、まだ生き残っている。それは、あなた方がご存じの創価学会である」(42頁)

「〔創価学会員の〕行動は、ほとんど、暴力沙汰、脅迫、このような類-。脱会すれば罰が当たる、祟りが起きると称して、脅迫している」

「創価学会の大部分の会員は阿修羅霊に取り憑かれている。この世の職業において阿修羅霊に取り憑かれている人たちとは、何をしている人たちか。暴力団、地上げ屋系統、暴力的な借金の取り立て。‥‥それと同じものが大部分の会員には憑いている。そして、二代目会長・戸田城聖は、現に火焔地獄に堕ちて、今も炎に焼かれて苦しんでいる。これが、その信仰を持った人たちが、やがて赴く世界である。池田大作〔名誉会長〕も同じ道をいま歩んでいる」 (57~60頁)

「小沢一郎〔*1〕よ、創価学会と組んで、日本の国政を壟断しようとするなら、あなたも地獄に堕ちるであろう。‥‥それを私は予言しておく」(63頁)

「このような邪教団が、日本を乗っ取る計画を進めている今、われわれも何らかの対抗手段をとらざるをえない。たとえ、それが地方議員の選出であれ、都知事の選挙であれ、あるいは、参議院、衆議院の選挙であれ、創価学会の支持した候補者には、一票たりとも入れないようにしよう。‥‥あなた方だけではなく、あなた方の家族、知り合いにも言っていただきたい‥‥(満場の拍手)」

「今、日本は、マスコミに巣くう悪魔、そして、邪教・創価学会に巣くう最大の悪魔、この二つの悪魔によって牛耳られようとしつつある。断固、仏弟子は〔*2〕勇ましく戦わねばならない」(75~79頁)

〔*註1=小沢氏は、当時『新進党』結成に尽力し、創価学会を支持母体とする『公明新党』と合流した。この件について大川教祖が脅迫をしたもの。*註2=幸福の科学で「仏」とは大川隆法教祖のこと。会員は仏弟子と呼ばれる〕△


 大川氏は別の講義でも、創価学会に「宣戦布告した」と明言しており、まるで宗教戦争気取り。そんな彼の好戦性の方がまさに阿修羅的ではありませんか。世界にはテロや詐欺を行なう悪質な宗教組織が幾つもあるのに、創価学会を大げさに「最大最悪の邪教・悪魔」と罵倒し、人権を踏みにじっている。
 昔から創価学会は何かと叩かれ続けており、全く問題がないとは言いません。事実にもとづく批判は大切ですし、もし悪しきことあれば正す必要がありましょう。
 しかしその数百万人程の、ほとんど平凡な会員たちに、あらぬ悪業の濡れ衣を着せて悪霊憑き・暴力団なみにでっちあげるのは、宗教以前に人間として低劣だと思います。 歴代会長や会員たちを地獄落ちだと罵るのも、根拠のない冒涜行為。

 それに脱会者への脅迫に関しては、幸福の科学の教えでも同じです。疑問を持ったり脱会すれば「魔が入った」とみなされ、地獄に落ちるかのような教えがあると聞きます。

 町広報紙で推薦された本からは、大川氏の裏の性質は予想できないでしょう。編集者は善意からしたことであり、公務を利用して布教したのではなく、過失だと信じたい。ですが、いつまでも苦情に応じぬその姿勢には全く誠意が見えません。かの町には、広報紙の記事によって心を痛めつけられた被害者たちが大勢いることでしょう。大川・幸福の科学の傲慢さに嫌悪感を覚える私自身にも、大変辛い出来事でした。


■ 追記-問題の□□町は他の市町村と合併しました。当方では特に責任を問うつもりはなく、どこかの自治体で同じような問題が発生せぬようにと警鐘をならすものです。


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KK報告2 不安につけこむ宗教

2010/01/02 11:44  Category:サラバ幸福の科学

〈幸福の科学〉雑感報告 第2信 初出2004/03/24

■ 政治をみくびる差別発言

 □□町広報紙で『幸福の科学』大川隆法教祖の本が推薦されていた件、その苦情メール宛先に町議会をも含めていましたが、それは大川氏が政治的にも悪質な発言をしているからです。内容は前回述べたとおり。「創価学会が支持する〔議員〕候補者には一票たりとも入れないように」と、本末転倒な、実にたわけた煽動をしているのです。言うまでもないでしょうが、創価学会は自民党も支持しています。

 議員になるべく立候補する人たちが、誰かに支持されたという理由で拒絶されるなどとは、とんでもない差別です。こんないびつな認識で、政治に口を出す方がおこがましい。大川氏は、大物政治家である小沢一郎氏に対しても「日本の国政を壟断しようとするなら、あなたも地獄に堕ちるだろう」と脅迫はしたものの、国政を壟断しようとしたのはどちらか明白ではないのか。このような教祖を町が推薦するのであれば、いくらかは町内の選挙に影響を及ぼす可能性はあります。

 前述の講演『永遠の挑戦』宣言後、大川・幸福の科学が敵視する公明党(創価学会の支持政党)は自民党と連立して政権を取りました。大川氏の暴論によれば創価学会は「最大の悪魔」ですから、自民党は悪魔の手下だという事でしょうか。自称「仏」たる大川氏の政治的もくろみは失敗し、悪魔に敗北したという訳です。
 また彼は別の本で、無神論・共産主義は人間を人造機械におとしめ、論者は地獄に落ちたとも言っています。つまり、そういう思想・関連政党も侮辱されているわけです。さらにまた、現代社会に生きる我々凡人たちも、神や霊魂を信じなければ死後ほとんど地獄に堕ちると脅されています。 



■ 脅迫と圧力

 こうして大川氏は何かというと人を「地獄に落ちる」と脅してきましたが、それは彼自身に帰するのではないでしょうか。己がいかに品性のない人間であるか、次々と吐く暴言によって証明してしまっただけでした。法話や書籍で、愛だの反省だのと、どんなきれい事を言い連ねても、すでに本性は知れてしまっているのです。

 当方は一切の宗教・政治団体に属していません。ただ、このように他の団体・ライバルを悪質な「ウソ」で誹謗・冒涜し、悪魔だ阿修羅だ地獄へ落ちるぞと脅迫する大川教祖とその教団に嫌悪感を覚えるのです。
 大川教祖は数千年先の未来まで見通す大霊能力があると称して自画自賛していましたが、この講演のたった3か月後に起こる『オウム真理教』のテロ、地下鉄サリン事件すら予知できずにいました。世界を救うと大みえ切った割には、足元の東京の危機さえ知らず、止められなかったのです。

 1990年代、大川氏は世界破滅を全国的に喧伝して社会に不安を与え、我こそが地球を復興する救世主だと布教活動した。そんな教祖について、かつては各種雑誌に批判的な記事が載ったようです。だからこそ彼はマスコミを悪魔呼ばわりした。
 中でも『講談社』に対しては、教団ぐるみで大規模な抗議活動をし、業務妨害を行ない、多大な損失を与えた。講談社を「悪魔」呼ばわりし「伏魔殿」などと罵倒することによって、関係のない一般社員の心までをも著しく傷つけた。社長(女性)については、「過去世で悪魔ルシファーの愛人だった」などと、またも悪質で根拠なき誹謗・名誉毀損をした。

 『幸福の科学』は、信者の心が傷付けられた事を理由に威圧的な抗議活動・業務妨害を正当化しようとしたが、反撃のためにはどんな手を使ってでも相手を傷付け返してかまわないというのでしょうか。それは暴力ではないでしょうか?
 古代インドの釈迦などは、どんな誹謗にも耐えよ、決して歯向かうな、口論するなと戒めていました。殺人者よばわりされてもひたすら忍耐したのです。このような「沈黙の仏陀」にこそ、当時の人たちは徳性を見出したのではないでしょうか。

 大川・幸福の科学のヒステリックな集団行動、言論暴力的な一面は、カルト的な闇を感じさせたものです。宗教家や宗教団体のすることではないと思う。ところが彼は言う、我が教団は邪な他の宗教とは違うと。「その程度の判断もつかないならば、日本の国の教育は完全に間違っていると言ってもよい」(『永遠の挑戦』41頁)と。
 実際には彼の教義には多くの虚偽と剽窃があるのですが、それを指摘されると誹謗中傷だとすり替える始末の悪さ。前回から取り上げている本でも、ウソや誇張で他者を陥れ、大川氏の非難がすべて正しいかのように偽装されているのを見たとおりです。

 『永遠の挑戦』講演当時、幸福の科学は急激に信者数を増やして巨大化し始めており、一方では、批判の声も高まりつつありました。ですから、この類の講演は大川教祖の自信の表れであると同時に、批判の矛先をかえる目的もあったかもしれません。
 己が団体が何らかの批判を受けた場合、当然、動揺する会員が出てきます。そういう場合には、逆に外部の団体を強く非難することで内部の結束を固めるのが、組織を維持する昔からの常套手段とされていると聞きます。



■ まき餌

 ある程度の文才と知識があれば、偽善的な本は誰にでも書けます。だから宗教詐欺も絶えない。役所のお墨付き(広報紙の推薦)で、実態を知らぬ町民が大川氏に興味を持ち、本を買う。そこには教団・教祖としての宣伝があり、ばかげた虚言・妄想を信じ込む人や、入会者が増える可能性もある。
 つまり中正たるべき地方自治体が一教団の利益拡大に貢献し、他の教団・政党を差別・侮蔑する側に立った訳で、ともすれば選挙妨害にもつながります。

 そういえば大川氏は、政治家・小沢一郎氏に対しても、さらに陰険な誹謗をしていました(前述書64~70頁)。小沢氏は過去世(前世)で父親を殺したために、今世その「父殺しの業」によって日本の政治に悪影響を及ぼすというのです。これほどの悪口雑言をもって人の名誉を毀損する、その鬼のような執拗さには、あきれるばかりです。

 最後になりましたが、広報誌で推薦された本によると、「病人にはほとんど悪霊がとり憑いている」ということです。だから病人はもとより、医療関係者はどうしてもその霊による悪影響を受けやすいので、大川教祖の書いた本を読むことで、自分を守るようにと説かれています。
 やはり悪霊憑きなどと人を侮辱したり脅しをかけて自分の本を買わせたり、教団に引きこむ手口が仕込まれている。そして次には、お金のかかる「病気平癒祈願」や「悪霊撃退祈願」等様々な儀式へ導かれます。教祖の欺瞞を知る身には、これも霊感商法の一種としか思えません。


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KK報告3 偽予言と民族差別

2010/01/03 09:32  Category:サラバ幸福の科学

〈幸福の科学〉雑感報告 第3信 初出2004/04/15

■ ニセ予言者

 教団『幸福の科学』大川隆法教祖の妄言。今回は、十数年前に世紀末予言ブームに乗って出版された『ノストラダムス戦慄の啓示』を取り上げます。予言で有名なノストラダムスがなんと如来であり、その霊が、大川氏の取り次ぎによって世界破滅の宣告をしたという、安直な設定の本です。

 この本では、冒頭から「我が啓示は恐怖の啓示。恐れよ、恐れよ、人間たちよ」「滅びよ、滅びよ」…等、如来だという霊人が魔物のように人を愚弄し、幾つかの国を口汚く罵倒する暴言で満ちています。
 発行当時、その非道ぶりが識者たちに批判されていましたが、後に教団側は「一霊人の発言であって当会の基本教義ではない」と言い逃れしました。

 基本教義かどうかはともかく、文体は大川氏の演説口調そっくり、おかしな文体の癖も同じ。第一「著者・大川隆法」と明示されており、悪書を世に出したその責任が問われるのです。1991年発行のこの本から、終末予言なるものをいくつか引用してみます。

「これからの十年、二十年の間に、考えられる限りの禍〔わざわい〕が起きる。しかし、主としてこれからの十年こそが、あなたがたの最大の悲劇となるであろう」(122頁) 

「一九九九年をもって、全人類は、もはや破局を迎えたかのごとき状況に陥ることになる。その前にも、世界大戦もあり、核戦争もあり、大規模の病気も、流行病もあり、天変地異もあり、津波、その他さまざまなことがあり、場合によっては宇宙人の飛来等もある」(151頁)

「世界五十数億の人口は、何しろほとんどが死に絶えると言ってもよい状況となる」‥‥「だが、よろこべ。少しの人類は生き残っている」(121~122頁)

 大川氏は未来予知能力があると称しており、この書のあとがきでも「的中率は七割から八割を越えるのではないか」と自画自賛しています。しかし世紀末の10年間は特別な変化も無く世界は発展し続け、今や人口は63億人を超えたのです。外れっぱなしだったこの終末予言は、その後うやむやにされました。

 元々「ノストラダムスの予言」は妄想に過ぎません。意味不明の詩に、マニアたちが寄ってたかってソレラシイ事件をこじつけただけ。世紀末には多くの予言本・予言解釈本が乱売されました。中世フランスの一医師が大予言者として祭り上げられ、商売や宗教に利用されたのです。



■  韓国・朝鮮人差別

 大川氏はノストラダムスの名によって、日本を強大な「海の怪物」に例える一方で、韓国・朝鮮を「引き裂かれた姉妹」に例え、「最も愚かなる者」と侮辱しています。その上でこう言い放ちました。

「おまえは数限りなく犯され続けてきた」が、「引き裂かれたる姉妹が一つになろうとするとき、この姉妹の不幸が起きる」‥‥
「再び怪物に犯され、怪物の子を孕(はら)むことになる。おまえたちは怪物の子を産むことのみによって、生き残ることが許されるのだ。その子をもし産まぬというならば、おまえたちの命もまた無いであろう。怪物の子をもし中絶するというならば」‥‥

「借金のかたに娘を奪われるは、いつの時代も同じ。その時に泣き叫んでも、もう遅いのだ」‥‥「他の者を非難することを止めない限り、不幸はまたやってくる」(41~46頁)

「(日本は)中国を奴隷とし、朝鮮を端女〔はしため〕とするだろう」(159頁)

 この本の発刊当時、韓国等では、旧日本軍による従軍慰安婦問題・強制連行などの抗議活動が活発化していました。日本の戦後処理は終わったとして犠牲者への国家的な謝罪はなく、何の補償も受けられず苦しんで来た人々の抗議に対して、大川氏は、その非難行為をやめない限り日本がまた侵略するぞと恫喝した訳です。

 日本が朝鮮半島を侵略して混乱を起こさなかったならば、米ソの進駐はなく、したがって分断もなかったでしょう。それなのに、祖国統一を悲願としておられるその両国を、あろうことか犯され続けた姉妹に例えて、またレイプするぞと、そして身ごもった子を中絶したら、おまえも食い殺すぞと臆面もなく吐き捨てた。日本軍による強姦や従軍慰安婦問題を踏まえての発言です。よくもこんな汚らわしい言い回しを考えつくものです。



■ ユダヤ人差別

「この民は呪われている。おまえたちは、よくよく知っておくがよい。救世主を殺したる民族は、決して幸福にはなれないということを。その呪いは、二千年の月日をもっても終わらないのだ。それは、一つの文明が終わらない限り終わらないのだ」‥‥「この呪われたるユダヤの地に国がある限り、地上は赤く染まる」(63~65頁)

 大川ノストラダムによると、ユダヤ人はイエスキリストを死刑にしたから呪われているという。これは愛と許しを説くキリストの意思に反する誹謗です。いわれない侮辱と脅迫、悪辣な人権侵害です。昔は異端的にこのような考えを持つ人もいて、そのために何の責任もないユダヤ民族全体が千数百年も差別・迫害され続け、ヒトラーによるおぞましい大量虐殺も起こった。

 大川氏は、イスラエルを建国したことが「人類の最後」につながるのだとも書いています(63頁)。 「世界の破滅」という、とんでもないイカサマ予言をして、その原因をユダヤ人とその最大の援助者アメリカのせいにした。この国がある限り地上が血で赤く染まるという脅し文句は、イスラエルを滅ぼせば平和が訪れる、という挑発的な含みがある極悪思想です(イスラエルによる不法なパレスティナ占領もあるが、それは別の問題)。



■ 偽善者の自己満足

 この下劣な言葉で満ちた本のまえがきで、大川氏は「これがノストラダムス的なる愛であるのだろう」と異常な解説をしました。教団会員は、如来の予言だと信じて熱中したようですが、巷では「悪の大魔王みたい」という冷めた声もありました。
 悪口をやめよ、反省せよ、愛だの幸福だのとまことしやかな説教をする一方で、故人の名声を利用した醜悪な侮蔑文書を刊行した自称救世主と幸福の科学出版。彼らこそ、己が悪口を反省すべきです。


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KK報告4 脱魂と脳死問題

2010/01/04 22:50  Category:サラバ幸福の科学

〈幸福の科学〉雑感報告 第4信  初出2004/05/09

■ 人の死とは

 □□新聞の読者投稿欄(2004/04/06)で、僧侶H氏の意見を拝読。氏によると「人間は魂こそが本体であり、肉体は乗り物である」。そして、人の死とは心臓や脳の停止にあらず、肉体と魂をつなぐ「霊子線」が切れた時だという。その死の時までは、心臓停止から数時間ないし丸一日かかる‥「だから昔から仏教では心臓が停止してから24時間たって荼毘に付すために、お通夜をする習慣がある」との事。

 もっともらしく書いてありますが、これは『幸福の科学』大川隆法教祖の教えでしかなく、仏教に事寄せる詐偽です〔僧侶H氏が幸福の科学信者であることを同会員の方から聞いています〕。この考えによると、生理機能がなく死斑が現れ死後硬直してもなお生きている事になりますが、仏教では昔からその変化を「死」と呼び習わしているのです。



■ 霊子線

 霊子線とは、元はといえば『GLA』の教祖・高橋信次氏が、1970年頃に造った新しい言葉です。胎児は母とへその緒で結ばれているが、人間の肉体も本体たる魂と紐でつながっており、これが切れた時が体と魂の永久の別れだという。彼は人間の体を肉体舟と呼び、魂は船頭としてこの舟に乗って人生航路を行くのだと表現していました。高橋氏亡き後、大川氏はこの説を取って我がもの顔で説いているのです。

 高橋氏は亡くなる前の数年間で20冊ほどの本を出版(主に三宝出版)、全国に数多い読者を得ていたようです。その教えに、父と共に強い影響を受けた大川氏は、この亡き人の霊が語ったと称して次々と「霊言集」なる本を書き、己が教団を立ち上げた際にも高橋氏の教義の核心を剽窃しています。
 これに対して、お株を奪われたGLA側が抗議をすると、大川氏はそれを悪口雑言だと罵り、根拠のない誹謗攻撃をした。また、高橋教祖を偉大な如来だと持ち上げて教義を利用していたのが、一転して、裏世界の仙人だと格下げ。高橋GLAは邪教・仏敵であり、「精神異常者が多発した」などと、またも悪質なウソを交えて攻撃しています(ただしGLAの教義にも問題はあります)。

 さてこの霊子線という概念ですが、古くからイギリスのスピリチュアリズム(心霊主義)で言う「シルバーコード」と同じですから、それを言いかえただけでしょう。昭和初期に、浅野和三郎という著名な心霊研究家が出版した『永遠の大道』(復刻版-潮文社)という編訳書で紹介されています。高橋氏の後にも神道系でまねる人が出て、「たま(魂)の緒」と呼んでいました。

 こんな類の説は、仏教で一切言及していません。大川氏は高橋・GLAから取り入れた霊子線なる概念をもっともらしく見せるために、伝統ある仏教や通夜とこじつけた訳です〔追記:大川氏がその後出した本では「シルバーコード」とされており、その頃ようやく本元を知った証となる〕。



■ 死体に命は無い

 幸福の科学は臓器移植に反対する立場ですが、脳死はともかく、心臓停止後の死体までも丸一日は生きているなどと、仏教に偽装した迷信を広めるのは罪つくりでしょう。かつて、ミイラ化した遺体を生きていると言い張って儀式・治療(?)を続け、逮捕されたセミナー系の教祖もいましたが、死体が生きているなら臓器以外の摘出手術も警察の検死もできない。

 僧侶なるH氏は臓器移植について「宗教の立場」があると述べていますが、移植で命が助かる数多くの人々をむざむざと見過ごすのが『幸福の科学』という宗教の立場なのか? 教団『エホバの証人』(通称)の輸血拒否問題を思い起こしました。
 もちろん人それぞれの考え方があるでしょうから特に反論はしませんが、仮にも教団名で「科学」と名乗るなら、それなりの説明をしてほしいものです。

 宗教的な意見としては、たとえば釈迦は、肉体は無常であり執着してはならないと説いています。イエスキリストは、求める者には与えよ、隣人を己のように愛せと、そして友のために命を捨てる事より大きな愛はないと説きました。これを仏教では「捨身施」と称します。医学ではもちろん生きている人に命を捨てよとは言いません。


■ 脳死と植物状態

 脳死・臓器移植に教団としていち早く異を唱えたのが『大本教』だったと思います。肉体は霊魂の容器であり、死とは、心臓停止後に体から霊魂が完全に離脱した時だという見解を示しました。これに追従した大川・幸福の科学も同じ主意を述べ、さらに心臓停止後約一日は魂が離れず、その間に手術で臓器を切り取ると、本体たる魂が激痛で苦しむと非難しています。

 ところが人の感覚・感情は脳と神経による作用なので、死体には痛みも苦しみもありません。物質ではない魂を刃物で切ることもできない。したがって、元々存在しない痛みで魂が苦しむはずがないのです。もし霊魂として覚醒しているとするならば、自由な身だから、さっさと体外に出て行けます。
 
 H氏も脳死を人の死とは認めず、医者の仕事は人の命を救うことであり、「今は脳低温療法で命が助かる人も出ているようだ」と書かれています。当然、医師・医療技術者は、人の命を救うために日夜働いておられます。脳低温療法もその結果案出された技術です。
 植物状態ならば、大脳皮質が全く働かないレベルでも脳幹部が生きているため、呼吸器・循環器等は自力で機能します。寿命には個人差があり、平均余命は約3年。脳低温療法によって、いくらか延命できる可能性はあります。

 しかしこの療法は、仮死からの生還・植物状態などで有効な処置であり、脳死とは、基本的には脳が生命維持機能を失って(死んで)、もはや回復不可能な状態です。設備があれば人工呼吸器等で保存されますが、そこまで管理しても通常1週間ほどで心停止するという。現状ではほとんど助かりません(例外もあります)。
 脳こそが人格を持つ部位だという立場からは、脳死は即ち人の死です。そこで臓器移植しか術のない重症患者の命を救うために、協力を求める医師がいる訳です。脳死判定を問題視する側には、植物状態と混同している方がいます。

 脳死問題に慎重な立場から不安を述べれば、今ある測定器や判定基準だけで脳死と断定して良いのか、ということです。現在の技術では計り知れない、深い植物状態である可能性も考えてしまうのです。ですから研究は途切れることなく続けられています。『幸福の科学』が行っているような根拠の無い妄想で故人や医学を冒涜し、患者さんを誹謗することは許されることではないと思います。

 大川氏は、臓器提供者は死んでほとんど悪霊のように人にとり憑くなどと言い、移植を受けた患者もほぼ不幸になると脅しています。世界で数多くの人たちが移植を受け、幸せな人生を歩んでおられる「事実」を知るべきです。たとえば移植を受けた人たちの国際的スポーツ大会なども開かれて、その心身の健康を喜び、ドナーとなった方々に感謝するイベントも行われています。
 『幸福の科学』はキャンペーン好きな面があり、何か話題性のあるものを見つけるとそれに便乗して宣伝・布教をしているようにも見受けられます。もしかしたら、脳死移植反対キャンペーンもその一環であったかもしれません。


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KK報告5 仏教式法要と霊魂

2010/01/05 21:57  Category:サラバ幸福の科学

〈幸福の科学〉雑感報告 第5信  初出2004/06/02

■ 脱魂体験

 前回取り上げたH氏の投書には「僧侶の仕事は人の魂を救うこと」だと、そして「臓器移植が当たり前となれば、お通夜を行なう必要はなくなるのではないか」とありました。
 『幸福の科学』大川教祖によると、通夜とは一日がかりでゆっくりと魂が抜ける(シルバーコードが切れる)のを待つ時間です。だから、その時間を経ずして臓器を取るならば、通夜も僧侶のいる意味もないという事のようです。しかし通夜とはそういう事のためにあるわけではありません。

 人が亡くなったほぼ同時刻に、その霊が友人や身内を訪ねたという話が、昔から結構あるものです。それが本当なら、肉体の死と共に霊魂は解き放たれている事になる。大川説では、それはまれな事と説いていますが、根拠はありません。

 臨死体験者の話でも、事故後などすぐに脱魂(幽体離脱)して、自分の体が倒れている様子などを観察したという事例が度々あります。これも幻覚でないとするならば、自分自身の肉体を見ていた「意識ある自己」としては、大怪我をしていても全く痛みを感じなかったと証言されています。ですから仮にシルバーコードなるものがあるとしても、それがつながっているのに体の痛みを感じないのです。
このように実例調査では、大川氏の口先だけの話とは全く正反対の報告があるばかりです。


■ お通夜の由来

 僧侶H氏は幸福の科学の教え通りに「通夜」を仏教の習慣だと述べていますが、亡くなった身内や知人の元へできるだけ早く駆けつけて死をいたむのは万国共通の心情です。それを日本人は一般に通夜と呼び習わしているだけで、宗教や霊魂の有無とは関係ありません。臓器移植が日常化してきた先進国キリスト教圏でも、無宗教であっても行なわれる。たとえばキリスト教では、患者が危険な状態となれば、できるだけ生きているうちに聖職者を招いて宗教儀礼を行ってきました。

 日本では、確かに死亡後24時間を経なければ火葬できませんが、これは蘇生の可能性が考慮された古い時代の法的な基準であって、大川氏の言うような、仏教に基づく時間ではありません。昔は臨床医学の水準が低くて、生死の確実な判断が困難でした。だから死んだと思われた仮死状態の人が、息を吹き返すことがまれに起こった。そのための対処法でした。

 宗教的にもう少し詳しく言えば、現在日本にある仏式通夜そのものが、実は仏教に由来しません。ですから通夜とシルバーコード(霊子線)を、仏教とひとまとめにこじつける大川氏の説は根本から間違っているのです。

 弔事としての仏教的な通夜は、遺体のそばで夜を明かします。これは元々「もがり」に類した日本古来の風習であり、いわば神道系なのです。昔は確実な生死の境が不明で、魂(たま)呼びという、死者の霊魂を呼び戻す祈りもなされました。遺体に取りつこうとする悪霊から守り、深夜に来られる神霊を迎えるとか、共に過ごす事で故人の霊力を受け継げるとも考えられていました。
 しかし根源的には、墓を用意して葬るまでのあいだ故人を偲ぶと共に、獣から遺体を食い荒らされないよう寝ずの番をしたものだと考えられます。

 日本仏教で言う本来の「通夜」は、このような忌み事ではありませんでした。お寺やお堂にこもって、夜通し神仏に祈る行為を指すのです。これがおそらく江戸期以後に、死者を夜通し守る日本古来の伝統と混同されたようです。ホトケとは悟った方を意味する呼称なのに、ただの死者までもそう呼ぶようになった事と関係があるでしょう。


■ 葬儀に深入りしなかった仏教僧

 日本仏教では、霊は存在しないと定義した一方で、死者を供養したりお寺への供養(布施)で亡くなった方の霊が救われると言うような矛盾があります。だが釈迦はこう説いていました。
「死者は生前の行いに応じた世界へ赴く(行く)だけだから、どんなに祈り供養したところで、その境遇を変えることはできない」

 釈迦は通夜や葬儀をしろとは言っておりません。仏道では必要の無いものだった。僧たる者は修行と説法に専念するのみで、現在のような葬式仏教ではなかったのです。
 亡くなった父母や僧団の仲間を葬る事はありましたが、これは儀式的霊供養ではなく、単に縁深い者を葬り、離別するというだけです。釈迦の遺体でさえも、在家信者だけで火葬と供養がなされています。仏僧による死者の法要は、長い時代を経て、民間の祖霊信仰への迎合と寺の収入のために編み出された末梢的な儀式です。だから通夜葬式が無くなって困るのは死者ではなく檀家寺の方なのです。もちろん無くなりはしませんが。


■ 仏教の霊魂論

 仏弟子マールンクヤプッタが、師たる釈迦に答えてもらえなければ世俗に戻ると迫った話は有名です。「ご存知なら明確に教えてください。もしご存知ないなら、分からないと正直に答えてください」と彼は訴え、「霊魂と肉体は別か、同じか。如来は死後存在するのか、しないのか。世界は無限か有限か」というような、人間や世界の実体を求めるいくつかの質問をしました。
 しかし釈迦は全く答えず、「そういう論議は清らかな修行の元にならず、正しい智慧や悟りの役に立たない」と断言しました。だから釈迦由来の真正仏教では、本体たる永遠不変の霊魂があるとか、肉体と霊魂は同一であり死ぬ時に共に滅びるという考えを、どちらも「邪見」(誤った見解)としています。

 大川氏によると、人間の魂は永遠に存在し、輪廻し続けるとのことです。これは釈迦から見れば救われない邪見なのです。


■ 自慢好きな教祖

 釈迦の生まれ変わりを自称する大川氏は、釈迦本人が役に立たぬとして禁じた霊魂や霊界に関する話が非常に多い。教団では何かというと霊界中心になるのですが、釈迦は現在この一瞬一瞬を大切に生きよと、過去や未来に思いを寄せるなと説いています。
 大川氏の『永遠の法』という本は霊界の多次元性について著したもので、世界で初めてこの真実を明らかにしたと自慢をしていました。ところがその骨格はほとんど故高橋信次氏からの受け売りでしかなかった。あとは適当な話題でふくらませば良いだけで、霊など見えない人間にも書ける程度の内容です。
 その書名すら霊界の多層性を解説した浅野和三郎氏の本『永遠の大道』に似ている。これも大川氏が種本にした一冊でしょう。

 宗教や神秘思想にある程度関心のある者にとって、大川氏の教説は以前どこかで読んだような内容がほとんどでした。そんな平凡な書物も彼によれば、「かつて説かれたこともなく」「本書に説かれている悟りは、ゆうにエベレスト山を超える高さを示しています」。これは「私自身が真理の体現者であることの証明」である、と自画自賛をしました(あとがきより)。
 イギリスの諺にこうあります。「愚人の第1章は、自ら賢人なりとうぬぼれる事である」


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KK報告6 仏教教義の改ざん

2010/01/06 21:35  Category:サラバ幸福の科学

〈幸福の科学〉雑感報告 第6信  初出2004/06/11

■ 裸の王様

 この大宇宙を、そして人類をも創造した偉大なる大霊-、それが自分だと豪語する大川隆法氏。彼は1千億年も昔から宇宙の在るべき姿を構想し始め、その当時から現在までの歴史がすべて分かると言っています。
 かつて古代インドに釈迦として生まれた経験もあり、今生でも仏法を根本にして一大真理を説き、全世界の宗教を統合するという。数千年先の未来も見通す能力があり、自分が説いた法が世界中に広がるのも見えるそうです。

 このような妄想をいだく人たちは世界中にいますが、大川氏は現実的な教団を率いる総裁です。かつては「20世紀中に全日本国民を会員にして見せる」と意気込んでいましたが、これは確かに妄想で終わり、大法螺吹きと言われても仕方ない。けれども、ひところは教団が短期間に巨大化したのは事実。妄想に感化され、虚構を真実だと信じ込まされる人たちが次々と取り込まれたのです。
 また彼の数多い著書は信徒の大量購入工作もあって常に売り上げが良く、マスコミのベストセラーリストに載ることで、宣伝効果をあげてきました。

 しかし、釈迦の再来だと自称する人間を、根拠もなく、なぜ信じられるのでしょうか。仏教教義なら彼が説かずとも昔から数ある仏教書に書いてあり、その気になって勉強すれば誰にでも説ける事です。大川氏の言う仏法とやらは、ありふれた知識の羅列やくだらない間違いでしかない。

 教団イベントできらびやかな衣装をまとい有頂天になっていた大川氏を、誰かが童話にたとえて「裸の王様」と呼びました。まさに法王気取りの彼が着飾ったつもりでいた派手な衣装は、実体のない哀れな虚栄です。今回と次回、彼がまとめた基本教義書なるものから数例の〈虚言〉を取り上げてみることにします。


■ 経典結集

 大川氏の著書『黄金の法』(初版・1987年)にはこう書いてあります。
「釈迦の死後、九十日の後に、阿羅漢の境地に達した弟子たち約四十名が中心となって、仏陀の教えをまとめておいて、後の世に遺そうということになりました。このとき、編集されたのが、『阿含経』『華厳経』『法華経』『涅槃経』などです」-111頁

 伝統仏教の資料によると、この経典編纂のために集まった修行僧の数は、40名ではなく500名とあります。おおよそでしょうが、それだけの悟道者がいたのです。しかしこの人数の違い以上に重要なのが、当時編集されたという経典です。大川氏はここに幾つかの経典名を上げていますけれど、これが実は真っ赤なウソだからです。

 仏滅後、実際に編纂されたのは、『阿含経』だけでした。なぜならば、釈迦は『阿含経』だけしか説いていないからです。この阿含とはアーガマの音写で、「伝来」を意味します。文字通り、尊師・釈迦牟尼の教えを伝える、唯一の経典群を言います(付加もある)。

 大川氏が言う『華厳経』以下の「大乗経典」は、すべて釈迦の死後4世紀以上も経って製作され始めたもので、当時の新興宗教による創作経典-、つまり「偽経」です。釈迦が一切説かず、存在もしなかったこれらの経典を、仏滅後すぐに編集できる訳がありません。このようなれっきとした史実を、大川氏は知りませんでした。仏教史の基本的知識も無いくせに、悟ったふりをしているのです。


■ 悟り無き教祖

 彼はこの本を書く6年前に大悟して、前世が釈迦だと思い出し、しかも宇宙創成以前から現在までを記憶しているという。それが事実ならば、自分が説いた教えすら分からないという、こんなバカげた間違いは起こしません。
 大川氏は悟ったのでも過去世を思い出したのでもなく、既存の仏教書を模倣しているだけです。特に『五時教判』(中国の誤った分類法)に記された主要な経典名を上げ、生半可な知識で知ったかぶった。間違いだらけの仏教教義を用いて自己讃美し、これが「仏陀再誕の証明」だとは浅はかすぎる。

 事はそれ以前の問題で、本物の釈迦は修行によって輪廻から解脱し、「もはや転生しない」と大悟したのです。仏法とは、その解脱の境地を最高目標とした法です。大川氏は悟りの境地について、どこかで聞いたような説明ばかりしていますが、結局本当の意味が分からず、自画自賛しているだけです。


■ 六波羅蜜

 同書には仏教教義として、こんな記述もあります。
 「釈迦の考えの第四番目の柱は…これはいわゆる六つの完成と言われる六波羅蜜多の思想です」-105頁 …
「八正道と内容的に似ており、重なっているところもあります。しかし八正道は、阿羅漢、すなわち、菩薩への登竜門に至るための修行方法であり、この六波羅蜜は、菩薩から如来へ至るための修行方法であったのです」-108頁

 もちろんウソです。釈迦は六波羅蜜など説いていないからです。これも仏滅後4世紀前後を経て生まれた新教義です。したがって釈迦の思想の柱である訳がない。八正道を模倣したものですから、内容も似ていて当然なのです。

 また如来・阿羅漢・仏陀という名称は、すべて釈迦に与えられた十称号の一つであり、いずれも悟りの境地として変わりはないのです。そして菩薩とは悟りを得る以前の段階であり、大川氏が言う「阿羅漢、すなわち菩薩への登竜門…」とは、完全に意味がひっくり返った虚言です。

 菩薩という呼称は釈迦の時代には無く、仏滅後、紀元前2世紀頃にできた比較的新しいものでしかない。それも、悟入前の釈迦その人を意味しており、大川説とは全く異なります。また如来と阿羅漢の差別化は、これも仏滅後数百年と時代が下がるうちに、尊師を神格化する過程で起きたもの。偉大なる師、釈迦を如来・仏陀と称し、初期の悟った弟子たちを阿羅漢と呼んで区別しただけ。悟りの階梯としては同じ位置なのです。

 大川氏が釈迦の生まれ変わりだと自称して説くその「仏法」なるものは、実は釈迦本来の教えではありません。仏滅後数世紀を経て発生した新興宗教『大乗系』の教義に、現代の神秘思想をつぎはぎして作った、見え透いた偽造仏教です。


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KK報告7 新宗教の剽窃と捏造

2010/01/07 21:31  Category:サラバ幸福の科学

〈幸福の科学〉雑感報告 第7信  初出2004/06/22

■  間違った八正道

 『幸福の科学』教祖・大川隆法氏は、仏道の根本修行である「八正道」について何冊かの著書で解説しています。しかしその内容たるや釈迦直説の法とは大きな違いがありました。例えば「正念」という修行の意味を知らず、「正業」と「正命」の意味を完全に取り違えるなど、全く素人同然だったのです。簡単に言うと、以下のようになります。

     釈迦説                         大川説
正念:○「正しい記憶」あるいは気をつけること--×「正しく念じる」念い
正業:○「正しい行為」業とはインドで言う行為--×「正しい仕事」職業
正命:○「正しい生活」一般人ならこれが職業 --×「正しい生活」心がけ

 釈迦の生まれ変わりなら、ありえない間違いです。仏教の入門書にも書いてあることなので、我々のような素人でもわかります。
 これは発刊当時の大川氏が仏教教義をろくに知らなかった証拠ですが、そんな人間でも形だけはマネできる種本がありました。前にも触れましたが高橋信次氏の著作集であり、そこに八正道が説かれているのです。
 『GLA』の教祖であった高橋氏は、形骸化してしまった仏教やキリスト教を脱却して、原点の釈迦やイエスに返るべきだと主張していました。その彼が会員たちに指導・実践させていた修行法が八正道です。

 確かに、原点からかけ離れてしまった日本仏教系で、この修行に重点を置くのはかなり珍しいことだったと思います。ただし高橋氏の教義にも矛盾・間違いなどが目立ちました。彼の著書では八正道の解説がされていますが、その一々をほとんどそのまま流用したのが大川氏の八正道です。正業と正命の取り違えも実は高橋氏に端を発しており、大川氏がその誤謬(間違い)までも丸々盗作した〈猿マネ〉の跡が見える顕著な例です。

 大川氏はこういう数々の幼稚な言動も、本を出すたびに間違いを指摘されて勉強したらしく、後に改訂版を出しながら解説を変えていきました。初めから先人たちが労してまとめられた仏教教学書や経典を読めば、大川氏の欺瞞が分かります。ところが『幸福の科学』の信徒会員は教祖を釈迦の生まれ変わりと信じ込んでいるためか、正統仏教の教義とまともに比較検討する必要性を感じないようです。

 大川氏は自身の初期の著作に、学生時代高橋氏の本を読んで「私は、この神理を知っている。むかし、これを学んだことがある」と口走ったと書いています〔『太陽の法』初版245ページ。改訂版では削除された〕。宗教好きな父親善川三朗氏がGLAの教えを学んでいたので、子供のころにある程度は教わっているわけです。

 こうして最初は、過去に教えを学んだと正直に書いていた訳ですが、結局は「利用できる」と思いついただけでしょう。彼が構成した教義の中核は、ほとんどGLA式正法の剽窃・アレンジに過ぎないのに、高橋氏の誤りを修正したから自分の方が悟りも深いと言う。元があるのだからそれに手を加える事は実にたやすい。それをもって誤りを修正したとは全く「死人に口無し」で、故人には反論ができない。


■ イエスと仏典

 大川氏の教義書『黄金の法』(初版)では、イエスキリストの、知られざる青少年時代についても言及され、仏教と関連付けられています。
 「イエスが十三歳のときには、エッセネ派の青年教師がイエスを連れてエジプトへ行き、約一年間、さまざまな宗教の見聞をさせております。さらに十六歳のときには、長老も含めて数人で西インドに旅行。ここでイエスは、インドの伝統的なヨガ行者の精神統一法を学び、仏典のなかでも、大日経典などを学びました。…
 さらに、イエスは、二十一歳の頃、中東はペルシアで、ゾロアスター教の善悪二元論の勉強や…」194頁~

 イエス師の少年・青年時代は、こうして諸外国を旅して、宗教の勉強をしていたというのです。何とも不思議な超能力で過去を見通したかのように書かれていますが、これにも種本があります。光田秀氏の訳書『エドガーケイシーのキリストの秘密』(ドラモンド著・たま出版/現在は新装版)です。

 ケイシーという故人は、超心理学や神秘学方面で有名なアメリカ人です。自己催眠状態に入って別人格を呼び覚まし、病気に悩む人に治療法を教える事で知られていました。その際、多くは相談者の前世に問題があったとして、現代に生まれ変わる前の数回の人生について、その当時の状況を物語ったのです。
 これらをリーディングと呼びますが、上記の本は、彼が時折語ったイエス師についての問答を集成・分析したものです〔だがケイシー氏の発言にもかなり疑惑があり、これにだまされないよう厳重な注意が必要〕。

 そしてここで注目すべき大川氏独自の付加は、イエス師が古代インドで修行して、『大日経』という仏典を学んだと書いている事なのです。
 この経典は密教関係者が製作したものです。密教の萌芽は4世紀始め頃で、最盛期は8世紀でした。そして問題の『大日経』が作られた時代は、7世紀半ばのこと。1世紀のイエスが、その600年後に書かれる経典を学べる訳がありません。
 大川氏は仏教史を知らないと前にも述べましたが、ここでも霊能者を気取ったくだらないウソが露見しています。
 
 しかし彼は、なぜイエス師が『大日経』を学んだと書いたのか。高橋信次氏の著書『心の発見 神理篇』(三宝出版)にこうあります。
 「ゴーダマ(釈迦)があまり愛について説かなかったため、大日如来はその神理を説かれたようである」(143頁)
 この部分を覚えていた大川氏は、愛を説くイエス師が、実はその観念をインドで学んできたように設定して、仏教の権威を高める工作をしたのでしょうか。ちなみに、大日如来は実在した人物ではありません。


■  絶版・改訂版で隠蔽工作

 2回にわたって詐偽の手法をいくつか取り上げ、虚言入門編としました。彼の著作をよく読めば、多くの欺瞞を発見できるはずです。『太陽の法』『黄金の法』『永遠の法』という三部作の基本教義書は、何度か改訂を重ねています。無知な点や虚偽・矛盾について批判を受けてきたためか、都合の悪い部分を削除して隠蔽し、あるいは新しく書き加えて矛盾を取り繕っています。

 立教以前に大悟したと称していますが、それ以後に主張が次々と変わっていったのです。つまり迷走し続けた訳です。ここに注意しなければなりません。それが大悟した人物のすることでしょうか。
 大川氏の本は、絶版や改訂版が何冊も出ているようです。本紙で取り上げた彼の偽りも、こうしていつかは隠蔽されていくのでしょう*。人に間違いはつきものであり、訂正するのは良いことです。しかし宗教家面して宇宙的な悟りで得た真理だと平然とウソをつき、ばれたらそれを隠して誤魔化すというのは、悪徳宗教家ぶりを暴露しただけのことです。

〔*追記:『新・黄金の法』を見ると、イエスの件で『大日経』のことがしっかり削除されているのに気付きました。イエスの少年時代についても改変があり、これが「霊界情報」だとされています。もちろん種本については触れてありません。2010/1/7〕


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KK報告8 図書室でのすれ違い

2010/01/08 18:49  Category:サラバ幸福の科学

〈幸福の科学〉雑感報告 第8信 初出 2004/07/20

■  偽善的な謝罪

 本紙で最初に取り上げた□□町役場発行の広報紙ですが、翌月号(2004年4月)の「図書室からのお知らせ」欄外にこう書いてありました。
【先月号の□□ライブラリーの新刊紹介の中に不適切な掲載がありましたことを深くお詫びいたします】

 非常に小さな文字で、数回目を通すまで気付きませんでした。大川隆法氏の著書を推薦した事を謝罪しているのは間違いないでしょう。当方ではこの件について、当の町役場や教育委員会、さらに公的機関数か所にメールや手紙を送って問題提起をしていました。それがある程度は功を奏したのだろうと思います。

 しかし謝罪文ではあろうけれども、この短い全文を読むだけではさっぱり事情が分からない。何が不適切だったのかを知らせないのだから、訂正してはいない訳で、それでは詫びている事になりません。
 一般の発行物で不適切な掲載があれば、回収したり、事の次第を説明した謝罪文を出す。ところが町の広報誌はうやむやにして誤魔化したまま。問題の記事の推薦は撤回されず、各家庭に保存される。
 しかも5月にこの図書室を訪ねた折、その不適切だと詫びたはずの3月号が訂正もなく公開棚に設置され、自由に読めるようにしてありました。驚くばかりです。 深く詫びたはずの者がこのようなていたらくとはどういうことでしょうか。


■ 図書室職員との会話

 同年7月、件の□□町図書室を再度訪ねてみました。ざっと書棚を見渡したあと、ちょうど本の点検をしている若い職員がいたので、たずねたいことがあると声をかけました。以前取り上げた『永遠の挑戦』を含む幸福の科学の本が数冊並べられていたのです。まず手短に静かに、こう聞いてみました。

▽「ここに置いてある本、『創価学会』とかをバカにしてるんですけど、町の図書室にこういう偏った本を置いていて問題ないんですか? 人権侵害的な内容なんですけど」

 ――書棚から『永遠の挑戦』を引き抜いて見せました。本の帯には「悪徳マスコミと最悪の邪教・創価学会。それが現代の二大悪魔である」と大きく書いてある。マスコミや創価学会のことは特に興味がないし、宗教団体のいがみ合いなど知った事ではない。けれども、ライバルを公に悪魔呼ばわりし、差別的・偏見的な政治活動を奨励する本を町が貸し出している事が不快なのです。
 職員が本の表紙をめくると「寄贈本」の印が押してありました。その人は即答しました。

○「ああこれは寄贈本ですね。私が着任する前からあるものです。寄贈されたものを、いらないとは言えませんからね」

 ――私は「人権侵害をするような本を町が貸し出して問題はないのか」と尋ねたのですが、この職員はそれに答えませんでした。もし本当に人権侵害ならば大変なことです。まともな公務員ならば、きちんと状況確認をするはずです。職員の認識を疑い、こう尋ね直しました。

▽「寄贈されれば、人権侵害している本でも置くという事ですか?」
○「本の内容までは分かりませんから」

 ――先ほどからの、つんとしたそっけない態度に感情が乱されてきましたが、それはともかく、町直轄の図書室が、内容も確かめずに本を常備するということです。だいたい、この大きな帯を見れば中傷本だと一目瞭然なのに、問題がないかチェックする必要性を感じないのか? 

▽「3月の広報紙で、この人(大川隆法)の本を推薦していたでしょう?」
○「はい。あれについては、町が特定の教祖を推薦するのはどうかという話があって、今後は宗教関係者の本を推薦しないという事になりました。あの本はベストセラーになっていたので購入したようです」
▽「4月号には、前月に不適切な掲載があったと短い謝罪文(*前述)が出てましたけど、あれでは何が不適切なのか全く分かりません。誤字があったくらいにしか思えませんよ」
○「はい」

 ――はい、って、自覚していて説明しないということは、隠蔽行為ではないでしょうか。 
 ともかく「町が特定の教祖を推薦するのはどうかという話があって」ということだから、当方が問題提起していた事が話題にはなっていたわけです。

▽「宗教団体の本でベストセラーって、意味は分かりますか?」
○「信者さんたちが買われるからでしょう」

 ――教団信者が買うからベストセラーになると分かっていて、そのランキングを基準に本を買い、推薦したと? だとすれば、それは町が教団・信者の便宜をはかった事に等しいのではないか? 大川・幸福の科学が信者に同じ本を大量購入させ、べストセラーリストに載ることで宣伝効果を狙った作戦は、こういうところでも効果を出していたのです。

▽「この教祖は、体が悪い人や障害者なんかも差別してるんですよ。たとえば、目が悪い人は世間をちゃんと見ようとしないから、そうなるんだとか、耳が悪いのは人の話を聞こうとしないからだとか…。
 それに子供を産めない人は、子供をバカにしてるからとか何とか…そんな風なこと言ってるんです。世の中には、子供が欲しくて不妊治療で苦しんでいる人たちがいるのにですよ。ひどい言いがかりです。
 そういう人権侵害をしている人物の本を、町の図書室に置くのはおかしいと思いますよ」〔*この話は大雑把ですので、大川氏の明確な言辞はいずれ紹介します〕

○「どういう教義なのか、そこまではこちらで分かりませんし、読みたいという人がいるのですから、置かないという訳にはいきませんので」

 ――何とも無責任な人だなと思いました。役所たるもの、分からないなら「推薦する前に事前調査すべき」であろう。わけもわからず推薦するほどたわけた事はあるまい。それに、どれだけ読みたい人がいるか知らないが、何でも購入するのでは節操がない。住民の税金が使われるのに。

▽「自分としては、広報誌でこの人の本を推薦したのと同じだけのスペースを使って、著者が人権侵害をしている事を書き、町がそんな人物を推薦した事を謝罪して欲しいです」
○「上司には報告しますが、片方の意見だけで、そういうことをすることはできないです」
▽「現に、こうしてやってるじゃないですか」

 ――私は少し感情的になってしまい書棚を指差したが、口下手なためそれ以上何も言えなくなりました。
 町は『幸福の科学』寄りの立場で、他の教団や政党・国家などを誹謗・侮辱する本を公開し、さらに教祖を広報誌で推薦までした。それこそが片方の意見だけをひいきするという差別です。公平にするなら大川教祖の悪行も公表し、例えば彼が「地獄に落ちるぞ」と脅迫した相手側も広報誌で推薦すべきでしょう(個人的にはそれも嫌ですが)。

 大川・幸福の科学が人権侵害をしていることを広報紙で書いて欲しいとは、実は思いつきでしかなかった。あまりに役場職員が冷淡な態度をとるために一言付け加えたのです。
 私はこの職員に「近ごろ役に着いたというあなたの責任ではないし、いま板ばさみになっておられる立場は理解する」と、ねぎらいの言葉はかけました。だが職員としては、現在の職場への苦情に対しては謙虚であるべきではないでしょうか。職員は悪びれず次々と批判をかわして言い逃れを続けるだけでした。広報誌に載った図書室からの言葉、「深くお詫びする」という文句は結局ただのポーズに過ぎなかったことになりはしないか。

 難しい試験を通ったプチ・エリートたる公務員たちには、我々のような学の無い平民の苦情などただの言いがかりにしか聞こえないのでしょうか。それは彼らの立場を守りたいだけの小さなプライドではないのか。広報紙で形だけでも謝罪した職員は、まだ心のある方であったと思いました。


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KK報告9 侮辱された病弱者

2010/01/09 21:44  Category:サラバ幸福の科学

〈幸福の科学〉雑感報告 第9信 初出2004/08/09

■ 家族交霊会

 『幸福の科学』教祖・大川隆法(本名・中川隆)氏が関わる著作の出版が始まったのは、1985年の事。氏は高級霊界人の言葉を口寄せする霊能者(イタコ)として、父兄と3人で度々交霊会を行なっていました。
 その一部を父・善川三朗(本名・中川忠義)氏がまとめ、最初の本『日蓮聖人の霊言』が発行されています。善川氏は1981年に大川氏と出会ったと書くなど、親子関係を隠しての出発でした。

 以後、菩薩・如来級の霊人たちが語ったという霊言・霊示シリーズは数十冊出版されているようです。大昔の人間や外国人の霊が語っても、すべて大川氏特有の現代日本語。ただし宗教家谷口雅春氏の分は違いました。谷口氏は大部の著作を残して亡くなっており、本を読めばいくらでもその雰囲気や教えを模倣できるからでしょう。坂本竜馬の霊言はなぜか御国なまりで書かれていた記憶があります。大川氏は同じ四国の徳島出身ですから、まねるのは容易な事だったわけです。


■ 名僧を詐称して語るたわごと

 『道元禅師霊示集』(1987年発行)は、表題の道元師をはじめ名のある禅僧が数人登場したと記憶しています。この本では大川氏の〈病弱者差別〉思想が明らかになっているのが特徴です。病気や心身の障害は当人の心が悪いのが原因だという、陰湿なこじつけです。
 むかし一読して捨てた本なので手元にはないですが、大川氏の欺瞞をあばいた米本和広氏の著書『大川隆法の霊言』(1992年)で引用されていますので、176頁以降から孫引きさせていただきます。米本氏は、「(大川氏の)その差別意識は、社会的弱者に対する蔑視となって表れている」と指摘されており、以下の妄言を紹介されています。

 「すなわち、眼が悪くなるという人は、社交性がない人です。社交性のない人が、眼が悪くなっていきます。眼を象徴しているのは、社交性です。〔中略〕‥眼が悪くなっている人は心理的には、非社交的になってきていると言えます。つまり外部のものごとに対する関心が薄れてきている。〔中略〕‥眼が悪くなってきた人は、どうか心の窓を開いてみて下さい」-『道元禅師霊示集』200頁

 「神様が、人間はしゃべることの二倍聴きなさいと、こういうことで耳を二つつくっておられるのです。人間はともすれば、自分の言いたいことばかりを言いたがります。そして、人の意見に耳を傾けません。〔中略〕
 ‥ですから、耳の悪くなる人は、人の意見の聴き方が足りないということです。だいたいにおいて、人の意見を聴きたくないと思っていると、だんだん耳が遠くなってきます。そこで耳が悪い人は、自分がしゃべるだけじゃなくて、自分の意見を言うだけじゃなくて、人の意見に耳を傾けているかどうか、それを良く考えてほしいのです。これが耳です」-202頁

 「足は〔中略〕‥自立心の表れであります。自分のことは自分でやっていく。つまり、自立心、これが足をよくしていきます。〔中略〕‥足が弱っているという人は、自立心を起こして、現実的処理能力をつけていく、自分のことは自分で決していくと、そういう習慣をつけると、次第に足がよくなってくる。そういう心が反映するわけです」-208頁

 「子宮筋腫になったり、ま、子宮がいろいろと病気になることがあります。子宮はもちろん、母体の象徴です。これが悪くなるということは、何を意味しているか、これはつまり、母なるものの放棄です。〔中略〕子宮が悪くなる女性は、育んでいくということを捨てた方です」-205頁


■ 詭弁的業報思想

 以上、どれも昔からの偏見的迷信と似たり寄ったりの雑言です。社交性のない人間が眼を悪くするという大川妄言に対して、米本氏はこう述べています。
「白内障や網膜剥離などに苦しむ目の悪い人、あるいは失明によって杖を頼りに必死に社会に参加しようとする人に向かって、大川クンはやさしさのかけらもないこんな発言をしてしまう」。「目が不自由な人がどれだけ必死に社会参加を求めようとしてきたのか、大川は知ろうとはしない」。
米本氏は、目が不自由でも積極的に社会と関わろうと外出する人々、そのあげく交通事故等で亡くなる人たちの存在を訴えられていました。

 どんなに社交的でも、食事がかたよったり目を酷使したら悪くなる。老化や他の病気からの影響もある。貧しい国の高地などでは、野菜がなかなか育たず買う事もできない村があります。人懐こい社交的な人たちだが目の病気・失明が非常に多い。ビタミン不足などが原因です。

 耳が不自由な人だって、どれだけ人の話を聞きたいと切望しておられる事か…。大川説はほとんど事実に反する非科学的暴論ばかりであり、病弱者の名誉を毀損し、侮辱するものでしかありません。

 このような偏向・捏造した教えを受けた『幸福の科学』会員たちは、車椅子の人を見ても「自立心が足りない」と思うのだろうと危惧される米本氏。子供が欲しくても子宮の病気で産めない女性たちが、母性を自ら捨てた女だとけなされる。そんなたわごとに振り回されてはなりません。実際には、女性ホルモンが子宮ガンを作ってしまったり、病原菌による発症があるのです。

 痴呆老人は利己主義だからそうなったとも書いてあるそうですが、実際、数年前にある幸福の科学信者と話をしたとき、「自分勝手な利己主義者がボケる」と聞かされ驚きました。病弱者を心の偏った人間だと見下して、自業自得だとする差別心がしっかりと植え付けられている訳です。

 むかし新聞か何かで読んで衝撃を受けた話があります。ある障害児施設を訪問した女性が「ここは地獄のようだ」と感想を漏らし、連れていた自分の子供に、「悪いことをしたらあんな風に生まれ変わるのよ。お利口にしなさい」と言ったという。
 ハンセン病・部落差別等もそうですが、このように仏教の業報思想を歪曲して、弱者は何かと差別され虐待されてきました。大昔から綿々と続くこの悪習が下火となってきた現代で、大川氏はまたもかくのごとき迷信を再燃させ信者たちに刷り込んだ。

 教団は、米本氏の前述の本が教祖を誹謗したと名誉毀損で訴え、1億円の損害賠償を要求(裁判が長引けば不利になると知ったらしく、1年で訴訟取り下げ)。では、この教祖・教団が行なっている暴言・誹謗の数々はどうなのでしょうか。そのごう慢さが批判を呼ぶのであり、それこそ自業自得というものでしょう。

 その後、これら批判を受けた霊言集なるたわごとシリーズは「教団の基本教義ではない」という言い訳によって批判逃れをしました。しかも絶版になり隠蔽されたのです。そのことを、「方便の時代は終わった」とか称していました。しかし発行当時は「神近き霊人」の話が直接うかがえる、このような幸せはないとして、会員信者に真理だと刷り込んでいたのです。

 そしてまた何年もたつと、方便にすぎなかったとした霊言シリーズをまた利用しはじめました。元の本から都合の悪いところなどを削除して、非常に字数の少ないスカスカの本に作り変えたのです。それを一冊2万円という奉納金を定めて売り始めて、教祖・教団の金拝主義を明らかにしてくれました。

〈幸福の科学〉雑感報告:終わり


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