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サラバ幸福の科学もくじ

2010/02/26 06:36  Category:サラバ幸福の科学

BARONG http://barongs.blog.fc2.com/ より-(元記事削除) 



個人的レポートを二つに分けた目次です。最初は一回分が一枚の紙にプリントできるように作っていましたので、あまり深くはありません。でもちょっとは参考になればいいなと思いました。ブログ収録のさい追記修正したところもあります。タイトルあとの日付は、はじめに書いた日です。(G.malta)

● サラバ幸福の科学:はじめに

パート1
▼(幸福の科学)雑感報告

1 あさましき捏造  2004/03/24
  町役場に推薦された教祖/暴言を武器とする宗教戦争

2 不安につけこむ宗教  2004/03/24
  政治をみくびる差別発言/ 脅迫と圧力/まき餌

3 偽予言と民族差別  2004/04/15
  ニセ予言者/韓国・朝鮮人差別/ユダヤ人差別/偽善者の自己満足

4 脱魂と脳死問題  2004/05/09
  人の死とは/霊子線/死体に命は無い/脳死と植物状態

5 仏教式法要と霊魂  2004/06/02
  脱魂体験/お通夜の由来/葬儀に深入りしなかった仏教僧/仏教の霊魂論/
  自慢好きな教祖

6 仏教教義の改ざん  2004/06/11
  裸の王様/経典結集/悟り無き教祖/六波羅蜜

7 新宗教の剽窃と捏造  2004/06/22
  間違った八正道/イエスと仏典/絶版・改訂版で隠蔽工作

8 図書室でのすれ違い  2004/07/20
  偽善的な謝罪/図書職員との会話

9 侮辱された病弱者  2004/08/09
  家族交霊会/名僧を詐称して語るたわごと/詭弁的業法思想



パート2

▼(幸福の科学)信者との対話

1 貴重だったBBS  05/07/14
  BBS幸福の科学について/被害家族の悩み/仏法を歪曲する自称ブッダ/
  中途半端な対話

2 被害家族の訴え 05/07/30
  許せない宗教/矛盾した助言/誰のお金か/自己満足の信仰/信仰と家庭の比重

3 生き神信仰 05/08/07
  父親との葛藤/断る勇気/生き神信仰/ごう慢の極み/信者の優越感

4 家庭の宗教的影響  05/08/21
  KKもまんざら悪くはない?/部外者の声をこそ聞くべき/信仰と人間性は別もの

5 公称信徒数 05/08/29
  無礼な割り込み/あいまいな信徒数/公称信徒数は減らせない

6 独善的な言い分 05/09/05
  矛盾を認識できない人/盲信の証明/信者の介入/独善的信者

7 スレ主への批判 05/09/06
  問題は何なのか/間違った道

8 宗教バッシング 05/09/09
  大川先生を叩くな?/KKはなぜライバルを叩く?/済んだ事にする言い逃れ/
  身近に見た非難行為

9 教祖・教団の収入源 05/09/11
  批判する理由/金満教団を目指すのか?/1千万円で菩薩に/教祖の顔写真が百万円

10 利用された死者 05/09/24
  偽善的教義もある/利用された死者/霊感商法/最大の広告塔

11 証明できない霊能力 05/09/29
  流用された霊界話/KKはGLAの分派/三途の川

12 貶められたGLA 05/10/01
  脱会員の疑念/大川教祖のもくろみ/どっちがニセモノか/霊界での乗っ取り作戦?

13 最高指導霊 05/10/02
  教義乗っ取り/三柱の最高指導霊/身分乗っ取り/エル・カンターレとは何か

14 うさん臭い霊言集 05/10/03
  批判に応えなかった信者/日本語で語る外国霊/霊言あるいは霊界通信/
  大川教祖はなぜ古代語が使えないのか 

15 多次元霊界説 05/10/04
  高橋氏が説いた霊界構造/受け売りの霊界説/先人の本をまねしただけで如来気取り

16 理に合わない次元論 05/10/07
  低次元な次元論/スピリチュアリズムからGLAへ/子供たちの信仰

17 一念三千論の歪曲 05/10/08
  指摘された邪法性/デタラメな教義解説/変造されていった仏教

18 仏陀は転生しない 05/10/09
  釈迦の再誕という愚論/常識知らず/仏陀再誕(最嘆)の元凶は高橋氏

19 大乗仏説とする虚妄 05/10/10
  経典結集のウソ/間違いだらけでも仏陀なのか?/仏典は霊言集だという詐偽

20 仏教史捏造 05/10/11
  潜在意識からの啓示?/釈迦と大乗をつなぐ虚言/自称〈大乗〉の欺瞞

21 伝道VS抗議 05/10/12
  本当の幸福のため/教団の未来/多角的に見るべき

22 仏教内で対立する霊魂観 05/10/13
  信者の述懐/教義解釈の違い

23 未来仏信仰 05/10/14
  仏教の未来仏/何が転生するのか

24 解脱知見 05/10/15
  阿羅漢とは如来の別称/釈迦の前世/経典の解釈

25 六波羅蜜 05/10/17
  誤った悟りの階梯/伝統仏教への誹謗/ヘルメスに帰する無意味さ/
  またも高橋氏のサルまねで失敗

26 神秘思想の摸倣 05/10/18
  KKが取り込んだ神秘家/四正道/無宗派として

27 利用された生長の家 05/10/19
  谷口雅春からヘルメスへ/瞑想で得る平安/浮遊霊の影響?

28 架空のイエス像 05/10/20
  イエスと愛/イエスが父と呼んだ神/妄想の連鎖

29 太古世界の妄想 05/10/21
  アカシック・レコード/KK的如来の世界観はバラバラ/本体と分身/
  純水の中には純水しか存在しない

30 虚空蔵/偽予言 05/10/22
  虚空の記録/当たらない予言と愚かしい逃げ口上

31 阿含経典批判にこたえる 05/10/23
  経蔵と論蔵の違い/重要な法こそが伝承された

32 縁起の法を理解できないKK信者 05/10/24
  仏説経典と解釈は別/根本的な間違い

33 正統仏教を知らなかったシュタイナー 06/01/20
  釈迦の教えは単純明快/残された阿含経典/シュタイナーの欺瞞

34 実在しなかった文殊菩薩 06/01/21
  釈迦の法を歪曲した〈大乗〉/文殊菩薩から大乗へ?

35 新参者の増上慢 06/01/22
  肥大化していく虚像/外道化した仏教/消された弥勒

36 批判を嫉妬だとすりかえる信者 06/01/23
  独り善がりな批判/信者のプライド

37 批判を受けぬ宗教はない 06/01/24
  批判は恨みから?/居直った信者

38 教祖をかばうためのウソ 06/01/25
  KKと信者の冒涜行為/隠蔽を訂正だとすり替える

39 何でも霊界の指導と考える信者 06/02/03
  間違いは人のせい/KK信者の勘違い

40 釈迦仏教は救済力が落ちたのか? 06/02/06
  教学は法の体系化/アミダ教/同じ大乗系なのに?

41 終わりと始まり 06/02/07
  最後まで自己本位な信者/新しい議論活動
(転載中止。エルカンターレ宣言に変更)

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エル・カンターレ宣言

2010/02/25 23:25  Category:サラバ幸福の科学

今回は「幸福の科学信者との対話」最終回の予定でしたが、昔の雑文を読み返してみると、わざわざここに再掲するまでもないものでした(転載当日になって読み返しているもので‥)。それで急遽、以前から載せておきたいと思っていた、あの「エル・カンターレ宣言」、「我は宇宙の神様である宣言」の一部を打ち込みました。

僕はこの団体が創立されたころの一時期会員だっただけで、まだ支部もなかったし、教団と直接の接触はありませんでした。月刊誌が送られてくるだけでしたから。本を時々読んだだけで、特に勉強もしていません。それでも10年たって大川教祖の本を読み直そうとすると、身震いするような不快感とともに、地の底から響いてくるような彼の奇怪な声が聞こえてきました。単に頭の中で、声の記憶が文章にあわせて反応しているだけなのでしょうが、それでも気持ち悪くてなりません。だから彼への反証をしようにも、その本が読めませんでした。
 何年も熱心に信仰してこられた方であれば、心の傷は本当に深かっただろうと思います。
これをお読みの方で、もしまだマインドコントロールの傷に苦しんでおられる方は、読まないでいただきたいと思います。傷がまた開き、辛い思いをするかもしれません。

僕はいま本をほとんど読みませんが、今年1月に古本屋で探してみると、このエルカン宣言が載っている本などが書棚に入っており、迷わず買ってきました。まだ冒頭の宣言しか読んでいない状態ですが、それでも買った価値はあったと思います。その価値とは、教祖のごうまんさの極まりを知ることができたという意味であり、まことに素晴らしい書です。ご愁傷様と言うべきか。では、一部を抜粋して掲載します。途中の見出しは省略しました。



1991年7月15日 東京ドームでの「御生誕祭」における法話
「信仰の勝利」より

   エル・カンターレ宣言

諸々の比丘、比丘尼たちよ。
きょうは、
この私の三十五回目の生誕を祝してくれたことを、
心より嬉しく思う。

‥‥‥

ああ、すでにあなた方のもとに届けられたる
『永遠の仏陀』(幸福の科学出版刊)という、わが書をひもといてみるがよい。
その一書のなかに綴られた言葉に込められたる、
その念(おも)いを--。
あなた方は、その言葉が
人から来たと思うか。
人間の考えであると思うか。

あなた方は、
肉体に宿りたる大川隆法という名の人間の存在にも、
迷うてはならぬ。
あなた方の前に立ちたるは、
大川隆法であって、
大川隆法ではない。
あなた方の前に立ち、
永遠の真理を語るは、
エル・カンターレである。

われは、この地球の最高の権限を握りたるものである。
われは、この地球の初めより終わりまで、
すべての権限を有するものである。
なぜならば、
われは、人間ではなく、法そのものであるからだ。

あなた方は、その肉に惑わされてはならない。
神とは、
そして、神そのものを表現し、
伝えている「永遠の仏陀」とは、
人間ではない。
それは法である。
教えである。
(のり)である。
この大宇宙を統(す)べるところの教えであるのだ。

‥‥‥

信ぜよ、信ぜよ、信ぜよ。
われを信ぜよ。
永遠の仏陀を信ぜよ。
永遠の仏陀、現れて、
あなた方の前にて、
久遠の神理、説きたるを信ぜよ。
信じたならば、
勝利は、あなた方の前に広がるしかないのである。

よいか。
われが地上を去るまでに、
まだ四十年あまりの歳月が予定されている。
その間に、
この日本だけではない、
地球すべて、五十数億の人びとに
この神理を伝えるのだ。
永遠の神理を、
永遠の法を、
永遠の仏陀より流れ出したる久遠の法を
伝えるのだ。

‥‥‥

よいか。
われは、今より二千六百年前、
インドで釈迦として生まれた。
四千三百年前、
ギリシアにヘルメスとして生まれた。
されども、
今、あなた方の前に大川隆法として現れている魂は、
この仏陀の魂の本体であるところの
エル・カンターレであるのだ。
あなた方は、そういう瞬間に、いま立ち会っている。

‥‥‥

あなた方は、この地上を去ったのち、
霊天上界において、直接わが教えを聴くことは、
もはやないであろう。
されば、この場において、
わが語りたるこの言葉を、
魂に黄金の文字として刻印せよ。
刻み込むのだ。
1991年7月15日というこの日を、
魂の中に刻印せよ。
この日を忘れてはならぬ。これが、全人類救済の旅立ちの一里塚であるからだ。

‥‥‥

すべてのものは可能である。
信仰の名のもとに
勝利以外の結果はない
--ということを知るがよい。
信仰は、あなた方に最大の勝利を与えるであろう。

‥‥‥

永遠の仏陀、ここにあり。
また、その弟子、ここにあり。
ともにがんばっていこうではないか。

宗教法人幸福の科学総合本部「大川隆法先生ご紹介」より
 大川隆法先生とは、地球系霊団の最高神霊であるエル・カンターレ様が、地上に下生された存在であり、過去、その意識の一部が、インドで釈迦として、ギリシャでヘルメスとしてお生まれになったことがあります。今回ご降臨された大川隆法先生は、そのご本体意識であります。
 「エル・カンターレ」とは、「うるわしき光の国、地球」という意味であり、そのご本体意識のご降臨される時代は、つねに新しき地球世紀の始まりの時であります。大川隆法先生は、今、過去の諸宗教、諸思想、諸学問を整理統合され、21世紀以降の人類の新たな価値基準を打ち立てるべく「幸福の科学」を母体とした壮大なる人類救済運動を展開されております。

昭和31年7月7日生まれ。昭和61年10月に「幸福の科学」を設立。平成3年3月に宗教法人格を取得。



   われは、この地球の最高の権限を握りたるものである。
   われは、この地球の初めより終わりまで、
   すべての権限を有するものである。


これは独裁宣言ですね。おぞましいかぎりです。
教団は世界に支部をたて、嘘八百をひろめています。自分が賢い人間であったならば、英語くらいできればもっと何かできるのになと残念です。でもひとつふたつでも、何かの役に立つことができればいいなと思います。

これでマルタの(過去の)報告は終わりです。あとは一念三千のレポートや短いメモが残っている程度で、まとまっていません。もし間違っている点があればご批判ください。いずれ考え直して見ます(今は余裕がないです)。。読んでくださった方、ありがとうございました。


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対話40 釈迦仏教は救済力が落ちたのか?

2010/02/24 17:57  Category:サラバ幸福の科学

幸福の科学信者との対話その40 初出 2006/2/6

■ 教学は法の体系化

▽[100式]〔マルタへ〕
【…{h}釈尊の真意は悟りを求めつつ、多くの人々を救っていこうというものだと思う。
{i}教学化して救済力が落ちれば、別の動きとして現われるのが当然だろう。
{j}だから浄土宗などの他力門も、本来の仏教とはかなり違うような印象を受けるが、その存在意義は大きいと思う。】-以上〈原文493〉から

――h=何について言及しているのか分からない。しかし「釈尊が悟りを求めつつ多くの人を救おうとした」と言いたいのだったら、大きな間違いです。釈迦は人を救う悟りを得たからこそ行動に移ったのです。そして自分の弟子たちを60人悟らせた後で伝道宣言をした。悟りの無い者にどうして悟りを伝えられようか。自己を救えていない者にどうして他人を救えようか。

 釈迦は空論の人ではない。現実に己れの結果、答えを得てから他者へ手を伸ばした。イエスも言った。「盲人が盲人を導けるだろうか。二人とも穴に落ちないだろうか」と。
 仏教全体としては、でき得る限り万民の救いとなりたかったでしょう。それを言いたいのであれば、ごく当然のことであり、伝道活動は釈迦の時代から2500年間絶えることなく続いている。別に何ということでもない。

i=問題はここからです。「別の動き」とは〈大乗〉のことらしいが、ここには、教学化=救済力の下落という間違った思い込みがある。しかも以前の発言の主眼に反する。彼はかつてこう言っています。
 「理論的に欠けている部分があると、その他の流れから補填される」(▽96)。
 理論を補填するということは教学化が進むということです。これは転生がテーマだった時の言葉ですが、ともかく彼は理論を重視して、伝統仏教には欠けている部分があると中傷していたのです。それが今度は一転して教学化すると救済力が落ちるように言い出す。その時々によって言うことがすぐにひっくり返る。

 教学化することと救済力の低下は別の問題です〔大乗が理論を重視し、つまり教学化した後に教勢が衰退したのは事実だが〕。KKにしても一所懸命教学化を進めてきたのに、その信者がいったい何を言っているのか? 大川KKは教学化したから救済力が落ちたと認めるとでもいうのか?(だから彼の言う別の動きとして我々アンチKKが真実を復興しているのか?)

 釈迦直系の〈部派仏教〉でも理論化(教学化)が進んだ時代があったのは、尊師の教理を深く理解し救いの道を確立しようと模索したからでしょう。だからこそ教義として定まる面もあり、大乗教学というのもこれをまねして始まったのです。それに、部派仏教では理論の研究ばかりしていたのではなく、一般の僧は自らの修行に励みつつ、常に市井へ出て民衆と会い、在家信者は精舎(寺)に詣でて教えを受けていた。
 こうして仏教的救いの道は確実に伝えられていたのです。理論を研究するだけの学僧はごく一部にすぎません。自称大乗側が、理論研究が進んでいた部派系でも大きな勢力〈説一切有部〉に対して小乗という蔑称をつけて貶めた(ある意味、嫉妬とも受け取れる)。それがために、中国経由の北方仏教では本当の姿が見えなくなってしまったのです。

 [100式]氏はこういう基本を知ろうともせず、仏教の批判をし続けているだけ。これでは仏教の本当の姿がますますゆがめられていくだけです(私はいちいち仏教への冒涜だという気は無かったのですが、KK盲信者は己れがしている反仏行為を棚に上げて我々を冒涜者呼ばわりする。そんな迷惑行為を野放しにしておくのは社会的害悪だと思うようになりました)。


■ アミダ教あるいは浄土教

 大川教祖は自身の霊能力によって過去が全て見えると大言壮語し、釈迦の説法が大乗経典として編纂されたと教えていた。それがウソだという説明を私はしてきたのですが、そうなると言い逃れができなくなった信者氏が、今度は論点そらしに躍起になり始めたようにしか思えません。大乗経典にも真理があるだの、浄土宗がどうだのと、私が指摘している大川教祖の嘘八百とは関係の無いことである。
 しかし彼の目くらましにも、ここでいくらか答えておこうと思います。

j=浄土宗系は「本来の仏教とはかなり違うような印象」どころか、本当は仏教ではありません(釈迦説に基づく正統仏教から見れば)。〈阿弥陀教〉あるいは〈浄土教〉なのです。
 私は大乗が釈迦仏教ではないことを何度も主張してきましたが、だからといって、他宗を無闇に邪教呼ばわりするKKのような真似はしていない。キリスト教やイスラム教を信じようが、阿弥陀教を信じようが人の自由です。その存在意義が無いとは言わない。
 しかし浄土門は釈迦の教えではないということ、釈迦の教えを否定しているということは知っておいて欲しいものです。その存在意義を大きいと思おうが小さいと思おうがかまいません。私も浄土真宗の檀家の子であり、念仏唱えてやすらぎを得る心優しいお年寄りが愛しくなることもある。それは間違っているとは言えません。しかし宗教論議をするのであれば、真実と虚妄を一緒くたにしてはならないのです。

 さてKK信者氏は「浄土宗等の存在意義は大きい」と言うが、その「意義」とはいったい何を基準としているのか?
 ここでは日本の話をしますが、浄土教(阿弥陀教)系には、ベースとして浄土宗と浄土真宗があり、念仏行を実践します。「南無阿弥陀仏」と仏の名を唱えれば、死後極楽へ行って幸せに暮らせると説かれるのです。親鸞さんなどは、誰でもそれのみで救われると説いたが、釈迦の教えに反する思想です。このような呪文を唱えれば天国へ行けるというような宗教を信じ、それで救われた気になるので良ければそれも自由。私は判断を控えますが、釈迦はその道をきっぱり否定していた。

 日々精進して心を清め続けねば善果は無いと言った釈迦を信ずるか、それに反して、一度でも(死ぬ寸前でも)念仏すればどんな極悪三昧の悪人でも極楽往生すると言った親鸞さん、あるいはその師・法然さんを信ずるかということです。

 欲望(煩悩)を制御できなかった親鸞さんは釈迦の教え(仏教)を実践できず、架空の存在であるとも知らず、異教の阿弥陀仏にすがってしまった。しかも一度でも念仏すればどんな悪人でも極楽往生できると、大乗経典にすら書かれていないことまで付け加えた。こうして誰でも救われるという一向宗・親鸞教(浄土真宗)が成立しました。かくのごとく安易なる救いを説くがゆえに、信者数も増えたのです。
 もちろん宗門は善行をすすめるのですが、信仰としてこんなに楽な宗教はないです。殺人・強盗を犯しても死ぬ前に念仏すれば極楽へ行けるからと反省心の無い門徒も現れ、戦国時代には大騒ぎした。組織的武力をもって一国を乗っ取り百年もの間、宗教国家(藩)を維持したし戦争も続けた。現代で言えばまさにテロ宗教と言われるような過去を持っています(もちろん現在は平和な宗教になっていますが)。

 そのような宗教の存在意義が大きいと思うのなら、釈迦如来の存在意義はほとんど無いと思います。在家の五戒はおろか、何の努力も必要ない。釈迦が説いた法はムダであった。釈迦の存在意義は、アミダ仏の宣伝マンとして有能であったというだけになる〔実際には、阿弥陀教が釈迦の名声を利用して自分たちを宣伝したわけだが〕。

 親鸞さんの教えでは、一生に一度南無阿弥陀仏と言えばそれで極楽間違いなし。それどころか、すでに救われているからこそ念仏が唱えられると極論を述べている。いや、日頃の行いも大事なのだと反論もあるでしょう。しかし私は教えの土台を問題としているのです。確かに浄土教(阿弥陀教)系も仏教を模倣しているのだから、正しく暮らすようにと釈迦の教えを利用してはいる。しかし根本的に阿弥陀仏への「信仰」によって極楽往生するという教えであり、救いに日々の「行為」は関与しない。だからどんな悪行を為しても極楽往生できると説かれている訳です。

 このような教えは仏教ではなく反仏教であり、ヒンズー教の一形態です。以前私は掲示板に「大乗ってヒンズー教みたいなもんなんだけどなー」と独り言を書いていますが、アミダ神をアミダ仏と言い変えたら仏教になる。
 ちなみに、浄土系の経典によれば、女性は極楽に行けないのです。それを信者諸氏はご存知なのでしょうか? 昔の極楽絵図にも教えが反映されている。そこに描かれているのは男ばかりです。もっとも、男性として生まれ変われば極楽へ行けるというのだが、これは女性差別以外の何ものでもない。

 話は少し変わりますが、大川氏は独身時代に大悟したと言っているのに、その後結婚しました。これは仏道修行者としては最悪級の破戒行為であり、有無も無く僧団追放処分となる大罪業なのです。釈迦牟尼は性欲・性交を大きなけがれとし、蛇の口に男根を入れようとも、女性の陰部に入れてはならないとまで言っている。当然妻とも縁を切ったままで一生を終えた。だから女性好きな親鸞さんは苦しんだし、お堂にこもって、菩薩が性交の相手になってくれるという願望夢まで見てしまった。どうしても女性がいなければ耐えられず、妻帯し子供までつくった。

 見習僧でも異性との接触を断つのです。それを自称ブッダが女性と関係を持つとは、釈迦仏教的には魔境に落ちているということ。妻帯しさらに子供をつくるという、その性欲を捨て去れていないということが、すなわち悟りが無いということなのです。八正道を完成するということは、この性欲を葬り去ることを含んでいる。
 KKでは歪曲した八正道しか教えてこなかったし、それも四正道という道徳説に変更してしまった。だからKKには道徳論はあるが、「仏教的な悟りの道」はありません。


■ 同じ大乗系なのに?

 大川氏は日蓮教系について「南無妙法蓮華経とお題目を唱えれば救われるなどと、釈迦は言っていない」と糾弾し、邪教だと罵っています。念仏を唱えるのも題目を唱えるのも本質的には同じ事です。それなのに信者[100式]氏は浄土教系の方は存在意義が大きいと言う。おかしくはないでしょうか? 結局は巨大教団『創価学会』へのねたみから攻撃していただけに見えます。

 KKに迫害されている創価学会も大乗の信徒衆であり、古い日本仏教の低迷の中から立ち上がった仏教系教団です。[100式]氏の言葉を借りれば、旧仏教の救済力が落ちたのだから、別の動きとして現れたのは当然だということになるわけです。創価学会から言わせれば、世界に進出するまで巨大化したのは、まさに釈迦牟尼のご加護を受けたからだということでしょう。
 私は創価学会を擁護はしません(根本からして釈迦仏教に反しますし)。ただ、KK信者氏が自己中心的な見方しかできないために、そんなものは何とでも理屈をつけられるものだと違った視点を示しているだけです。

 このように誰だって自分の都合の良い見方ができる。しかし物事を判断するのに最も大切なのは、個人の嗜好的な視点や勝手な解釈ではなく、事実関係のはずです。[100式]氏のように何の根拠もなく空想だけでものを言ってもムダなことです。


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対話39 何でも霊界の指導と考える信者

2010/02/22 23:15  Category:サラバ幸福の科学

幸福の科学信者との対話その39 初出 2006/2/3

■ 間違いは人のせい?

 前回から引き続き、当方に対するKK信者氏の意見に答えます。

▽[100式]
【…{d}理由は前にも述べたが、人間ならではのミスもあるだろうということ。
{e}もう一つ、これは憶測だが、指導霊の霊示自体に誤りがあった可能性がある。おそらく高橋氏。ただし個人的な憶測。】

――d=何の「理由」なのか、この文面では意味が分からない。前回の c節から推測すると、大川教祖が数々の間違いをおかした理由だということでしょうか? だったら自称如来の教祖よりも、我々凡人たちの方が人間として優れているということです。大川教祖の非常に数多いミス(ウソ)を見抜くことができるし、そんな馬鹿げた間違いはおかしていないからです。KK流な言い方をすれば、大川教祖よりも私たちアンチの方が高レベルな啓示を受けているからこそ、正しい情報を提示できたと言えるわけです。

 KKには巨大な守護霊団がついているというが、だったら執筆中にその多数の高級霊たちから必ず訂正されるはずであり、最初から間違った本を出すはずがない。それを出したという現実が、まともな守護霊など存在しないということを証明している。
 いちいちこんな事を考えるまでもなく、大川氏が言っている事の多くは昔から先人の本に書かれているのであり、それを読めばいくらでも利用できるというだけです。本が読めれば子供でも分かる。ところがそんなことですら失敗をしたのが大川教祖だというのです。

 上記の信者氏の弁解は、本紙▽76・79で取り上げている〈六波羅蜜〉へのレスでした〔編集の都合で分割していますが彼の発言▽80等の続き〕。
 釈迦の死亡後4~5世紀たって作られた教義・六波羅蜜を、大川氏は「釈迦が説いた」と言い、かつこれこそが「如来になる修行法」だと言っている。それはウソだと説明すると、[100式]氏が言い逃れをしたものです。そこに彼は以下のような蛇足的「憶測」を付け加えていました。

{e}=大川氏の歴史的・仏教的認識が大きく間違っていたのは、氏を指導していた高橋信次氏の霊示(霊からの教え)に誤りがあった可能性があると信者は言っている。都合が悪いところは人のせいにする訳です。
 おそらくどうとか憶測を言うのは結構だが、大人ならきちんとその根拠(理由)を上げるべきである。これだからKK信者は言い逃れしているだけだと言われるのです。大川氏本人が、「過去がすべて見える」と公言して本を書いているという事をお忘れなく。

 信者がなぜこんな根拠の無い言い逃れをしたかというと、大川氏による「イエスが大日経を学んだ」というウソにも関連しているのではないかと思います(▽84)。その件で私が、高橋氏が実在しなかった大日如来について書いている事に触れた。その間違いを利用しようと思ったのではないか?
 そうであるならば言っておきますが、高橋氏は大日という呼称は使っているが、「密教は仏教ではない」と言っていた人なのです(密教は仏の名を語るバラモン教と言えます)。だから大川氏のように密教経典を釈迦が説いたなどとは思っていない。その点の認識は正しかった。またGLAでは八正道を釈迦の最高の修行としていたのであり、大川氏のような〈六波羅蜜〉を上位に置くような大間違いはしていない。

 KKは何か都合の悪いことが出てくると、すぐに「人のせい」にして責任逃れをする特質がある。信者もやはり似たり寄ったりです。
 私も霊示自体が誤りだと思いますが、それは、すべての霊示とやらが大川氏の捏造、あるいは妄想に過ぎないということです。彼にはそんな能力は無い。高橋氏の霊も何一つ関わっていないということ。

 大川氏は様々な霊界通信本(霊言集)を出していますが、それは高級霊界人の話を紹介してあの世の多様性を示しただけだという事でした。そして宇宙や地球の歴史、法・教義等についてはすべて誰の指導によるものでもなく、大川氏個人の悟りによるものだと主張しているのです。

 だから『太陽の法』まえがき(初版)でも彼はこう言っています。
 《本書は…霊天上界、九次元世界にある私の潜在意識から啓示を受けつつ、これを文字として、また私自身の思想としてあらわしたものなのです。》
『黄金の法』まえがき(初版)でもこう言っています。
 《霊天上界九次元世界にある、私の潜在意識部分からのインスピレーションを受けつつ、この難解な内容を…書き上げた》

 このように、大川氏は9次元にある自分の霊的意識、すなわち釈迦(あるいはエル・カンターレ等)から啓示を受けて書いたと言ってきた。だから、高橋霊の指導が間違っていたとする推測こそがとんでもない間違い。自称9次元大如来たる大川氏が、なぜ自分より低レベルの霊から教わるであろうか? そんな必要はない。それが彼のプライド〔欺瞞だらけだが〕なのです。
 KK活動初期の講義でもすでに、「高橋氏は部分的にしか悟っていないので、それ以上のものを説く」というような宣言をしています。高橋氏の本を利用しておきながら、自分の方が上だと偉ぶっていただけ。そんな自画自賛をして悪趣味に見えるだけです。

 後に大川氏が高橋・GLAを小乗・邪教だと誹謗し始めた理由の一つに、仏教教義の件もありました。生前の高橋氏は一般的な仏教(大乗)教義を説かず、釈迦直説の八正道こそが悟りへの道だとこだわっていた。大川氏のように六波羅蜜を如来になる修行だとか釈迦の教えだという間違った発想はなかった。
 だからその点については、大川氏よりも高橋氏の方が、まだましな仏教知識を持っていた。高橋氏は、小難しい仏教理論は後世の僧侶たちが哲学にしてしまったものだと言い、現実的には無益だと見なしていました。それをもって「高橋は小乗だ」と大川氏が罵った一面もあるのです。

 こうして高橋氏が大乗教義をほとんど評価していなかったのに対して、大川氏は大乗優先となった。全く方法論が違う。これでどちらが釈迦の本心に近いかというならば、当然、大乗教の間違いを見抜いていた高橋氏の方に分がある(その知識は正しいということであり、氏が正しいということではない)。
 自称釈迦の再誕たる大川氏が、その釈迦の教えすらまともに知らなかった。その事実が全てを物語っています。それで9次元世界の意識から啓示を受けているなどとよく言えるもの。我々凡人の方がまだまともです。


■ KK信者の勘違い

▽[100式]〔マルタへの意見〕
【…{f}霊界からの指導に関して根本的な勘違いをしている。操り人形のように地上の人間を動かすのではなく、通常はインスピレーションという形で霊示を送る。
{g}つまり大乗経典にも重大な真理が含まれているということ。】

――f=信者[100式]氏の根本的な勘違いは、事実に反した空想しか語らないという点です。
 まず、私は彼が言っているような「霊界からの指導は操り人形のように人を動かす」などとは思っていない。そこからして彼は勘違いをしている。それに、操り人形ではないからこそ、いちいち霊界から指導されなくても、人間として、自分の脳で物事を考えられるのです。そういうことを信者氏は考えず、何でも霊界霊界と言い張り続けるわけです。

 また「通常はインスピレーションというかたちで霊示を送る」などと言っていますが、頭痛が痛いと言っているようなものです。「霊示」とは霊感・啓示のことであり、それを英語ではインスピレーションと言うのです。つまり彼は「通常はインスピレーションというかたちでインスピレーションを送る」と、同じことを言っているだけです。

 さらに、大川氏が言う霊示とは、この信者の言い訳とは全く別次元の話です。如来の霊示とは凡人の霊感とは大きく違い、霊の具体的な言葉を直接聞くことが可能だとするのです。霊界の如来たちとダイレクトに会話ができると。だからこそ、大川氏の本のような間違いをするのは矛盾だというのです。

g=fの主旨を前提としたところで、それが大乗経典の正しさとはイコールしない。どうして彼はこんなに短絡的なのか。それ以前に、元々大川氏のウソ、「釈迦が大乗経典を説いた」という話をしているのです。その問題をはぐらかして、大乗経典にも真理が含まれているとすり替えたところで、大川教祖のウソは隠せない。

 仏教とは本来は「釈迦の教え」の事です。そして大乗経典はその釈迦の教えを利用しながらも別の道を説いたもの。それでも「重大な真理」が含まれると思うのは勝手だが、釈迦からすれば人の道を外れた宗教詐欺でしょう〔ただし私は、大乗経典にも良いところはあると言っている=▽93。釈迦に事寄せるのが詐欺だというのです〕。
 霊示がどうとか真理がどうとか言い出したら、大乗仏教だけではなくどんな宗教だって同じ事であり、ピンからキリまで真理が含まれている。彼のように空想しか言わないようでは議論になりません。


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対話38 教祖をかばうためのウソ

2010/02/21 14:48  Category:サラバ幸福の科学

幸福の科学信者との対話その38 初出 2006/1/31

■ KKと信者の冒涜行為

前回の文面は、KK(幸福の科学)会員[100式]氏の批判に応えようと書き出したものでした。その後も何度か書き込もうとしたのですが、サイトのシステムに不具合があったのか、利用不可能になりました。半月程してまたアクセスしてみると、すべてのスレッドが終了し、新たなスレ立てが始まっていました。その時点で私は携帯電話を解約したので、後のことは分かりません。これで対話は終わりです。あとは反KK同志の活躍を期待しています。
 投稿しようと思っていた分が残っていますので、繰り返しになる部分もありますが当方への批判〈原文493〉をあらためて取り上げ、意見を述べてみます。

▽[100式]
【 >▽79〈原文488〉へ  
{a}…KKの信者に対して、先生をペテン師呼ばわりするということは、これは冒涜だと理解すべし。
{b}最初からそういう態度なので、説得は不可能だと思う。もしリアルで会員相手にこういうことをしているのなら、考え方を改めた方が良いと思う。…】

――aについては前回取り上げています。ウソだとは言っているが、ペテン師呼ばわりなどしていない。当方では大川教祖の虚言を指摘していただけ。それをペテン師呼ばわりだと居直るのは逆切れにすぎず、盗人猛々しいというもの。

 私は掲示板でも何度か言ってきました。釈迦の法とは転生を止めることであり、尊師もその弟子たちも皆大悟して、もう転生しないと悟ったと。KKのように仏陀が転生すると言うならば、それは釈迦や高弟たちの悟りがイカサマだったことになると(▽69)。
 つまりKK・[100式]氏は仏教聖者をペテン師扱いしているのであり、仏教を冒涜しているということです。それでも私は掲示板上ではそういう言葉を口に出さず、忍耐を続けていたのです。物事を知らないうちは仕方ないですから。

 ところが彼は大川教祖の矛盾を突かれることに段々とイラついてきたらしく、仏教側に対して根拠の無い見当外れな批判を繰り返した。それこそ仏教に対する冒涜であり、侮辱です。
 もし当方が提示する情報が間違っていれば、根拠を示して訂正されればありがたく頂戴します。しかし[100式]氏はすべて根拠のない空想論を言って恥の上塗りをしているだけです。それが分かっていない。

 次にb、私が誰を説得すると言うのでしょうか? [100式]氏を? 彼は10年くらいの信仰歴がある人らしいが、これだけ物事を理解しようしない人が掲示板上で「私が間違っていました」などと認める訳があるまい。妄信者というものは、教祖がどんな過ちを犯していても面子を保つための言い逃れに執して間違った努力を続けるだけのことですから。その悪あがきする様を、読者の誰かに分かってもらえれば良いのです。いちいち細かい反論をする時間はなかったものの、ある程度の人は分かっていると思います。

 私が投稿していたのは『幸福の科学』の被害者側・反KK側の掲示板です。そこにKK信者側が紛れ込んで妨害行為をしていたので、それを機会に知っている事実を伝えようとしてきたもの。したがって基本的には、反KK同志への情報提供です。勘違い信者の[100式]氏が言うような、KK会員を説得しようというものではない〔ただし分かってくれる信者さんが出ることを期待はしていた〕。

 前にも触れていますが、[100式]氏は最初から意見の違う者を悪者扱いして、KK被害者のスレに侵入して妨害活動をしてきた。それこそ、「最初からそういう態度なので、KKの宣伝は不可能だと思う。もしリアルに被害者・アンチ側相手にこういう事をしているのなら考え方を改めるべき」である。

 また、ペテン師呼ばわりされたからKK信者の説得は不可能だと言うが、では、おだてられたら説得に応じるとでも言うのだろうか? 真理・真実を見極めるのに、そんな自分中心の感情で物事を判断するところから間違っている。


■ 隠蔽を訂正だと誤魔化す信者

▽[100式]
【{c}初期の経典の誤りはすでに訂正されている。これは先生が誤りを認められたということ。今頃これを持ち出して批判するのも悪趣味だと思う。…】〔註:KKでは大川氏の著書を「経典」と呼ぶ〕

――以上、『黄金の法』のウソを指摘した私への逆切れでした。ここで信者氏は、「先生が誤りを認められた」という殊勝気なウソをついて誤魔化しています。
 大川教祖が「ここが間違っていました。申し訳ありません」と本当に誤りだと認めているのなら、その典拠を示すことである。我々はその欠陥商品(本)を真理だという名目に引かれて買った被害者なのだが、何も説明を受けていない。弁償もしてもらっていない。

 信者[100式]氏はいつも根拠の無い言い逃れをしたり、ウソをついてきました。この件もそうで、大川教祖は誤りを認めていません。ただウソや間違いがばれると本から削除し、隠蔽しているだけです。そして「さらに悟りが深まった」と開き直っているのです。それこそ悪趣味というものだし、それ以上に悪質です。

 それに、すでに訂正された過ちを持ち出すのは悪趣味だと思うのなら、訂正している証拠を提示するのが先である。それからものを言えということ。私はそんな事実を知らない。知りもしない者に悪趣味と言う方が悪趣味である。どこまでも自己中心的だと思う。
 
 たとえば警察が詐欺容疑者を調査し、これまで犯した罪・容疑を並べてみせる。それに対して、その詐欺は済んだこと、今更これを持ち出して批判するのは悪趣味だ-と言って通るとでも思うのか? 今まで犯してきたことを洗い出し、その罪と人間性を問うことが大切なのです。ウソを隠蔽して居直るのは宗教として悪質な証拠です。
 
 たとえウソではなく間違いだったとしても、「真理」と言っていたことがコロリと覆ったのだから、深い反省の辞を表するべきである。KKが本当に真理の団体であるのなら、間違った情報を垂れ流し、欠陥品を出したことについて、一般企業のように謝罪と訂正の報告でもしたらどうなのか。事は多くの人の「人生を左右する」宗教なのです。一般企業のしている事すらできないようでは、KKは悪徳業者だと判断されても文句は言えません。反省の姿勢が全く見えない。


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