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外部リンク (画像) 文芸春秋の敗訴確定 性の儀式で「幸福の科学」に謝罪 2015年
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教祖に操られていた  2012年06月30日

2012/06/30 23:00  Category:×険妄想ブログより

http://www.kokoroken.or.jp/blog/6vn7su

教祖に操られた
これはある宗教団体の、教祖をはじめとするご家族や、職員の皆様を対象としたカウンセリング記録です。公共に貢献するという、宗教団体の公益法人としての本来の目的と特性をご理解いただいた上で、カウンセリング内容を一部公開することを了承いただいております。公開を通し、多くの人のお役に立ちたいという皆様の勇気に、心より敬意を表します。【…という設定だが提訴された】


操る人は何者ですか?

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(前回から続く)


Aさん 「教祖様の厳しさには慈悲が含まれてるでしょう。」


カウンセラー 「そうですか。でも、団体に批判的な人の悪口を書いた本を出したり、集団でいじめているような感じがしますよね。」


Aさん 「この本に関しては、あの人たちに対するご慈悲ですよ。」


カウンセラー 「どこが慈悲なんですか?」


Aさん 「間違いを正して下さっているのだから。」


カウンセラー 「どこが間違ってるのですか?」


Aさん 「だから間違い。本に書いてある通りですよ。」


カウンセラー 「ご本人に聞きましたか?」


Aさん 「いや教祖様がおっしゃってるんだから、間違いないですよ。だって教祖様を疑うわけにはいかないじゃないですか。」


カウンセラー 「それは釈尊の教えとは違いますね。釈尊は事実をきちんと確認することを教えていますよ。説いた教えの正しさを確認しなさいとも教えていますよ。」


Aさん 「そんなこと書いてあったかなあ。」


カウンセラー 「釈尊は弟子に対しても思考の自由を与えています。」


Aさん 「そうでしたかね。」


カウンセラー 「あなた方に入っている情報が違うと感じるんですよ。それを本にして一般の人の目にさらすというのは、本当に慈悲なんでしょうか?」


Aさん 「それ言われると、教祖の神格を否定しなきゃいけなくなるじゃないですか。仏陀じゃないって。教祖は人間であって、仏陀じゃないんだと言ってるのと同じじゃないですか。そんなこと言うのは悪魔ですよ。」


カウンセラー 「本当に仏陀の率いる正しい教団の中で、自分の個性を殺してまで、教祖の個性に合わせて真似をすることで生き延びようとするのは、正しい姿なのでしょうか?」


Aさん 「できたら一から百まで全部教祖の姿を真似て、教祖に一歩でも近づきたいと思っていますよ。」


カウンセラー 「でも教祖が、違う情報をあなた方に流しているとしたらどうでしょう。」


Aさん 「考えたくないよね、そんなこと。今ここでそういうふうに考えろって言われたって、考えられないよね。」


カウンセラー 「あなたが教祖の影響を受けていることは分かりました。操るという言葉もそうです。でもご自分をだまして生きてるでしょう。」


Aさん 「でもこういう生き方が一番模範的な生き方だと思うんだけど。」


カウンセラー 「それであなた幸福ですか。満たされないんじゃないですか。」


Aさん 「大変は大変ですけど。」


カウンセラー 「大変ですよね。その人生は辛いですよ。自分の目で真実を見て、自分を大事にすることから始めてほしいです。人の個性を真似して自分の個性を殺して生きるという人生で終わっていいのですか?」


Aさん 「それは苦しみ? その生き方は苦しみ?」


カウンセラー 「あなただって、いつ切られるか分からないって、おっしゃっていたじゃないですか。気に入られなければ切られちゃうんだと。」


Aさん 「それは焦っちゃいますけど。それが苦しみなの?」


カウンセラー 「安心して働けないじゃないですか、失敗して切られたら。現に人事はあなたを何年も同じ所に置いていますよね。その人事だって、さらに上の人から指示されているわけでしょうから。」


Aさん 「そんなこと言われているとしたら、許せないな。そうすると、今の自分は苦しみだとすると、その苦しみを苦しみでなくするためにはどうしたらいいんだろう。」


カウンセラー 「まず自分の個性を偽らないことですね。次にこの教団で生き残ることだけを考えて生きることを止めることです。本当にあなたの素晴らしい個性を生かせる場所に変わることも選択の一つです。もう一つは、人をしっかり育んで、それによって実績を作ることでしょう。自分の思い通りに動かすような楽な仕事じゃなくて、手間ひまかけてでも多くの人を育て上げた時に、あなたに人徳が生まれると思うんですね。」


Aさん 「今言ったこと、全部やりたくないことばっかりじゃないですか。」


カウンセラー 「あなたはこの教団にいて、トップの真似をしていたら、こういうことを全部やりたくない人間になってしまわれたのではないでしょうか。本来人間としてなすべきことが、みんな嫌になったと言うことです。これがあなたの本当のストレスの原因のようにお見受けしますが。」


Aさん 「今の言われたことをやることより、今まで通り人を動かして、人を退かせて、元のポジションを取って、もっと偉くなっていくと、そっちのほうが魅力あるよね。やっぱり。」


カウンセラー 「それは短絡的ですよ。いつかあなたも同じような目に遭うということなんですよ。あなたも切られる時が来ますよ。」


Aさん 「うーん。そういうものなの。」


カウンセラー 「だってあなたは、そわそわ、そわそわしていますでしょう。いつも不安に駆り立てられるから、いつも上から認められることをしよう、しようと焦っていますね。それが出来なかった時、苦しいのじゃないですか。」


Aさん 「前、誰かに言われたな。そわそわするなと言われたことあったな。確かに僕、ちょっとそういうところあるんだよね。」


カウンセラー 「日頃からあなたにかかっているプレッシャーのせいですよね。この抑圧された人生をとるか、育みの人生をとるのかという選択ですね。」


Aさん 「なんか自分を全部否定しなきゃいけなくなるな。」


カウンセラー 「否定じゃなくて、生まれ変わればいいんじゃないですか。」


Aさん 「なんか僕がやってきていること、全部駄目だと言われているみたいだ。何かいいところあるよね、僕だって。」


カウンセラー 「こうして自分の悩みを正直に話そうとしてくださったこと自体が、勇気あることです。」


Aさん 「じゃあ、飾らずにカッコつけずに、自分の思いをしゃべることは、いいことなの? そういう自分が、・・・やりたくないけど、そういうふうに切り変えると、人生開けるの?」


カウンセラー 「そうです。あなたが人を助ければ、あなたも助けられる。本当の意味であなたを助けてくれる人が、今いないんじゃないですか?」


Aさん 「婦人部長やなんかは味方してくれているような気がするけど。」


カウンセラー 「その人たちは教団の職員さんじゃないですよね。」


Aさん 「うーん。職員は、ちょっと気を緩めると危ないよな。職員はね、人のポジション狙ってたりするからね。」


カウンセラー 「椅子取りゲームしているうちはまだいいけど、それに敗北したら敗者で終わっちゃうじゃないですか。」


Aさん 「嫌なこと言うね。」


カウンセラー 「ここは正直に申し上げて、現実を見つめていただかないと。」


Aさん 「あと、僕にもなにか取り得ない? なにか、取り得を言ってもらいたいな。僕の取り得。」


カウンセラー 「あなたは一生懸命、自分の信じたものになろうと、努力をする人ですよね。」


Aさん 「そうだよ。それと優しいところもあるんだよね。優しいところあるんだけど、優しくして、人を動かそうとしているんだよね。人を励ましたりするのは出来るんだけど、そう言うと相手が言うこと聞いてくれるものね。だからそれ今までだってやってきたよ。励ましてあげると、よく言うこと聞くんですよ。」


カウンセラー 「そういうふうにすぐに自分の利益に誘導しない方がいいのじゃないですか。」


Aさん 「励ますだけ? 励ますだけだと、何も返ってこないじゃん、それだけでは。」


カウンセラー 「そんなことないでしょう。あなたが励ましてくれれば、あなたの役に立ちたいと、自主的に思う人が出てくるんじゃないですか。」


Aさん 「思ってくれるかな。『思ってくれますように』って祈ってみようか。どうすればいい?」


カウンセラー 「根本は、あなたご自身が親から受けた育みの実感が乏しかったのではないですか。」


Aさん 「さっきから親のこと言ってくれてるけど、思い出したくないんだよね。忘れちゃいたいと思って、思い出さないように自分でもずっと抑え込んできたような気がする。それ見たくない。思い出したくない。何でかな? 悲しいじゃないですか。思い出すと。」


カウンセラー 「どういうふうに悲しいのですか?」


Aさん 「気持ちの拠りどころがなくなっちゃった。だから自分で生きようとして、自分は人には絶対に負けないで生きて行くんだと思ったんですよ。だから、そのことは思い出したくないんですよ。自分が弱くなっちゃうような気がして。」


カウンセラー 「他の方に比べて、ご両親から卒業する時期が少し早かったと考えることは出来ませんか。他の人よりも自分で考え、自分で解決するテーマを持っている。ということは飛び級ですね。」


Aさん 「うーん。僕はその時まで、ちゃんと愛されていたんでしょうかね。」


カウンセラー 「愛されていたから、今こうやって生きてらっしゃるんじゃないですか。」


Aさん 「何か、そのことを思うと、力抜けちゃいますよね。」


カウンセラー 「今、とてもいいこと言ってくださいました。今までが、無理に力んで生きてこられたのではないですか? それも辛さですよね。そろそろ肩の力を抜いて生きられたらいかがですか。」


Aさん 「短い時間だったけど、両親からは人より沢山愛されてましたよね。」


カウンセラー 「そうですよ。」


Aさん 「長く親と一緒にいればいいというもんじゃないですよね。短くても、その分沢山愛されていたと思えばいいんですよね。」


カウンセラー 「立派な体格されていますよね、あなたも。」


Aさん 「最近太っちゃった。」


カウンセラー 「それだけの体格を与えられたというのは、ご両親が愛情を持って育てられた証だと思います。」


Aさん 「何か、力抜けちゃったな。こんな優しくなっちゃったら、出世出来ないじゃないですか。」


カウンセラー 「もし出世したとしても、滑り落ちることも簡単ではないのですか。もっと自分を信じてください。ご両親の深い愛も信じましょう。今のあなたの生き方は、ご両親は納得されるのでしょうか。」


Aさん 「愛情に、・・・親に対する愛情とか、愛されていたとか、自分が愛していたとかね、それに蓋してたんですよね。だからね、知らない間に、人の愛情とか、人を本当に愛するとか言うこと、ちょっと怖かったね。だからね、形だけ繕ってやってたりするんだけど、疲れちゃうんだよね。・・・じゃあ、例えば今、関東北部の統括責任者やっているけど、管轄の支部長10人以上いるんですけど、その人たちに対しての思いみたいなものを、素直に出しちゃっていいのかな。馬鹿にされない?」


カウンセラー 「あなたが本当に自分の家族のように思って接すれば、皆さんご理解いただけるんじゃないですか。」


Aさん 「足元すくわれないかな?」


カウンセラー 「もし足をすくわれたとしても、そんなことを気にしない大きな器になられたら、そういうこと出来なくなりますよ。あなたが相手をそう言う目で見て、信じて育てたら、あなたを裏切る人なんていなくなるんじゃないですか。」


Aさん 「本当ですかね。」


カウンセラー 「自分を理解してくださる人は、皆大事にしてくださいますよ。]


Aさん 「じゃあ、操らなくて済んじゃうじゃない。」


カウンセラー 「そうです。そして本当の幸福感を得られるんじゃないですか?」


Aさん 「うまく切り替えられるかな?」


カウンセラー 「練習してみてください。」


Aさん 「ちょっと分からなくなったら、また教えてくれますか。」


カウンセラー 「いつでもいらっしゃってください。」


Aさん 「わかりました。」


カウンセラー 「もう一度元に戻りますが、そちらの団体が出版した本で、本当にその方は救われますか? 悪いところばかり書かれた本で。」


Aさん 「嫌がるでしょう。」


カウンセラー 「あなただってそうですよね。それをやって入いる方って何者なのかということです。その攻撃の対象が、もしあなたに向いたらどうします?」


Aさん 「破って捨てますよ。」


カウンセラー 「そうでしょう。それは皆一緒ですよ。それに加担することなく、徳ある生き方をすれば、本当の意味であなたを理解し、尊敬して従う人が出てくるでしょう。」


Aさん 「頭痛くなっちゃった。」


カウンセラー 「いままでの間違った考え方が剥がれ落ちる時って、痛くなります。」


Aさん 「痛いよ。」


カウンセラー 「あなたの考えが切り替わると、今まであなたを操っていたものが操れなくなって困るので、抵抗しているんじゃないでしょうか。だから、『操る言葉って怖いんですよ』って申し上げたんですよ。あなたも操られていたんですよ。」


Aさん 「教祖様に?」


カウンセラー 「そういうことです。」


Aさん 「わあー、信じたくないな、それ。そんなふうに思い切り変えたなんて、誰にも言わないでくださいよ。こんなの知れたら、大変なことになってしまう。」


カウンセラー 「気がつき始めた人は、沢山増えています。どうですか、退会する方が増えて来ているんじゃないですか。」


Aさん 「信者さん、たくさん辞めてますよ。みんなそれに気づいたんですかね。Bさんが煽って辞めさせたんじゃないのかな。」


カウンセラー 「みんな大人でしょう。ご自分で判断されているはずですよ。誰かに煽られてというのは、その方々に対して失礼だと思うのですよ。」


Aさん 「うん。そんな軽いもんじゃないかもね。」


カウンセラー 「そういうことを言う方のほうに問題があると思います。そういう方に操られて生きることが、果たして幸福なのでしょうか?」


Aさん 「分かって来ましたけど。いろいろあったけど、親が僕を本気で愛してくれたということ、嘘じゃないですよね。」


カウンセラー 「嘘じゃないですよ。あなたは立派になっているじゃないですか。心を切り替えようとするあなたがあるじゃないですか。それが親の愛情が本物だったという証です。」


Aさん 「分かりました。」


カウンセラー 「では、これからあなたご自身の人生を歩んでください。」



お知らせ 【省略】



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人を操りたい  2012年06月29日

2012/06/29 23:00  Category:×険妄想ブログより

http://www.kokoroken.or.jp/blog/0hohzf

人を操りたい
これはある宗教団体の、教祖をはじめとするご家族や、職員の皆様を対象としたカウンセリング記録です。公共に貢献するという、宗教団体の公益法人としての本来の目的と特性をご理解いただいた上で、カウンセリング内容を一部公開することを了承いただいております。公開を通し、多くの人のお役に立ちたいという皆様の勇気に、心より敬意を表します。【…という設定だが提訴された】


人事は私に対する恩義を忘れている

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小太りの男性がペコペコして入ってきました


カウンセラー 「どうぞご自由にお話しください。」


Aさん 「何でも話していいのですか?」


カウンセラー 「はい。」


Aさん 「予定がね、ちょっと狂って来ているんですよね。自分としては。ここの仕事も悪くないけど、もう少し早く教団本部に戻れると思って来たんですけど、もうこちらに移ってから結構経つんですよ。」


カウンセラー 「そうですか。」


Aさん 「ええ。教団挙げての社会事業が終わったら帰れるかと思ってたんですけど。結構長くなって、・・・人事は何やってるのかな。」


カウンセラー 「教団本部でご活躍されたいのですね。」


Aさん 「そうですね。やっぱり向こうのほうがいいですね。結構こっちだとやらなくちゃいけないことが多いんですよ。田舎なんですけどね。教団の本部で、人を動かしながら色んな判断業務する所にいたほうが面白いですね。」


カウンセラー 「今、一番のお悩みはどういう点でしょうか。」


Aさん 「支部長たちが、なかなか思うように数字を上げて来ないんですよね。私は女性は好きなので、女性支部長たちは可愛がっているのですけど、あとの支部長たちはなんか気迫が無いと言うか、だらしなくてね。I県のほうもだめだし、G県のほうもだめだし、女性のほうがしっかりしていて、いい仕事していますね、支部長は。どうも男のほうは駄目ですね。そこがちょっと気がかりです。」


カウンセラー 「どうして男の支部長は駄目なんでしょうか。」


Aさん 「だからさっき言ったように、数字を上げて来ないんですよ。ちゃんと数字上がってきて、関東北部地域の成績がもう少し上がらないと、教団本部にはなかなか帰れないんじゃないかと思うんですよね。僕が教団本部から外れてから、色んなポジションをどんどん他の人に取られていますからね。戻る所が、だんだん少なくなっちゃいますよ。」


カウンセラー 「それは気がかりですね。」


Aさん 「もう一つ大きな気がかりがあるんですけれど、私の管轄内の信者さんが引っ込んじゃって出て来ないんですよ。退会した信者に騙されて、出て来なくなっちゃっているんで、何とか助け出さないといけないんで、それで支部長を行かせているんですよ。ところが支部長がだらしなくてね。ちゃんとした仕事して来ないんですよね。」


カウンセラー 「と言いますと?」


Aさん 「行っても何の役にも立たないというか、何の説得もできないで、追い返されている状態なんです。使えないよね。S支部長。あいつは使えない。前から、線が弱いんだよね。頑固なところがあるくせに。そういう仕事は出来ないんですよ。やってくればいいんだけど。それで女性信者のTさんとか付けて行かせたんだけど、Tさん一人で行かせたほうが良かったかな。あっちは使えるね、攻撃できるタイプだから。私の言うこと何でも良く分かって聞いてくれますからね。S支部長はそこに自分の考え入れちゃうからな。だからおかしなことになるので、やれと言われたらそのままやってくればいいだけなんですよ。だから男の支部長は使えないんだよな。」


カウンセラー 「女性は素直に言うことを聞いてくださるわけですね。」


Aさん 「そう。女性の扱い方は、僕は上手ですからね。」


カウンセラー 「何かコツがあるのでしょうか。」


Aさん 「褒めることですよ。褒めておだてて、大事に扱ってあげればいいんですよ。そうしたら何でもやってくれますよ。」


カウンセラー 「それで今後の見通しというのは、いかがでしょうか。」


Aさん 「いくらでも手はあるよ。分断させればいいんだよ。要は分断させてしまえばいいんですよ。退会した信者はこれだけ悪い奴だと言うことを、徹底して教えてやればいいんですよ。そうすれば、嫌気さして、影響されなくなるでしょう。その人はまだ信者を辞めているわけじゃないんだし。『魔が入った人の言うことを聞いてはいけません』ということで説得しないとね。」


カウンセラー 「先ほどから伺っておりまして、あなたご自身はこの仕事に誇りを持ってやっていらっしゃるのでしょうか。」


Aさん 「教団の発展のために、私はずーっと貢献して来たつもりですけど。」


カウンセラー 「でしたら、教団本部でなくても、どこの場所にいても色んな形で貢献が出来るから、そこには区別がないんじゃないですか?」


Aさん 「本当は区別は無いんだけれど、教団本部のほうが聞こえはいいしね、まあ威張れるんですよ。本当は僕の性格からいくと、教団本部にいても、関東北部の統括責任者でいても、やっていることはあんまり変わらないんですよ。要はね、やっぱり人を自分の思い通りに動かしたいの。教団本部にいた時もそうだったけど、特に人事にいた時なんかは、あれは最高の場所ですね。人事部長なんていったら、言うこと聞かない奴いませんからね。地方の統括責任者だろうが会館の館長だろうが、みんな低姿勢で来ますからね。もう思うように操れますよ。」


カウンセラー 「そうですか。」


Aさん 「じゃあ関東北部の統括責任者で操れないかというと、そんなこと無いんですよ。さっき言ったようにね、女性の支部長だとか婦人部長だとか、特に女性の伝道推進部長だとか布施推進部長だとか、みんな女性なんですけど、こういう人たちを直接動かすことが出来るんですよ。他の統括責任者の連中はどうしているか分からないけど、直接電話入れるんですよ。伝道推進部長、布施推進部長にね。特に布施推進部長は、支部長のほうに『なるべく布施推進部長は女性にするように』と伝えて置くんですけど。それで僕のほうから直接、その女性の布施推進部長に電話入れるんですよ。それで『もうあんたが頼りなんだ』みたいなこと言って、しっかり連携とってね、それで仕事してもらうんですよ。こういうことをやっている時は気持ちいいですね。自分の自由に、まあ聞こえ悪いけど、操っている時ね。最高ですね。」


カウンセラー 「お話聞いていると、少し寂しい感じを受けるんですけど。」


Aさん 「寂しくないですよ。」


カウンセラー 「『操っている』という言葉が気になるんですけど。どうなんですかね、お宅の教団の教祖というのはどんな存在なんですか?」


Aさん 「もう大宇宙創造主ですよ。根本仏です。」


カウンセラー 「根本仏とおっしゃったんだけど、根本仏というのは人の幸福を願っていらっしゃる存在ですよね。」


Aさん 「もちろんですよ。」


カウンセラー 「でもあなたの言葉から、操るのが快感という感じを受けるので、それは根本仏のお考えとはちょっと違うんではないかなと、素人ながらに分かるんですけど、いかがでしょうか。」


Aさん 「いや、だから人の幸福を実現するために、組織としてはこうやって動くんですよ。一生懸命。目的は人の幸福ですよ。」


カウンセラー 「そこには操るという言葉はそぐわないと思うんですけど、いかがですか。」


Aさん 「聞こえは悪いけどね。」


カウンセラー 「言葉というのは、とても大事じゃないですか。『正しい言葉』というのがあるんじゃないですか。そちらに。」


Aさん 「久しぶりだな。」


カウンセラー 「そちらの教えには『正しく語る』というのがあるそうですけど、『操る』という言葉自体がすでに正しくないと思うんですけど、いかがですか。そういう言葉が出るということは、どこかにあなたのストレスがあるのかなと思ってお伺いしているのです。」


Aさん 「変な質問されましたね。」


カウンセラー 「なぜだか分かりますか。」


Aさん 「よくわからないです。」


カウンセラー 「つまりあなた自身が、ご自分のストレスの根源に気がついてらっしゃらないように感じるのです。」


Aさん 「ストレスは、さっき言ったように、早く教団本部に戻りたいんだけど戻れないというのがストレスでしょう。」


カウンセラー 「もっと深い所にあると思います。そういうところに行かないと自分が充実しないというのは、誰かに見ていてもらいたい、自分なりに手ごたえが欲しいということですよね。」


Aさん 「難しい話になっちゃったな。」


カウンセラー 「そこであなたの生い立ちが、深く関係しているように感じるんですね。どうでしょう、ご両親から頂いた愛情の実感はございますか。」


Aさん 「何でそこで親が関係してくるの?」


カウンセラー 「ご両親の愛情を十分に感じて育っていると、普通は、あなたの先ほどのような言葉は出てこないんです。父性の欠落、母性の欠落の両方を感じているので、その辺の問題をちょっと提示させて頂いて、あなたと一緒に考えてみたいと思います。どうですか、ご両親のことで、何か普通とは違う問題があったのではないですか。」


Aさん 「親から離れて、自分の力で生きて行かなきゃいけないという気持ちは強かったね。それで自分としては逞しく生きて来たつもりだけど。人一倍頑張らなくっちゃいけないとかね、親に頼らずに自分の力で生きて行くんだというので、自分としてはバネにして来たつもりなんだけど。」


カウンセラー 「そこを無理にバネにし過ぎて、今みたいな発言が出ちゃうんじゃないですか。自分が満たされない部分を埋めようと言う努力をされてきた結果として、今のような人格が形成されたと思うんですね。」


Aさん 「そんなにおかしな人格ですかね。」


カウンセラー 「つまり人を操ると言う言葉は、大変怖い言葉なんですよ。それが口から出ること自体、実は問題があるという事です。」


Aさん 「操るって言ったけど、コミュニケーションですよ。それが。」


カウンセラー 「それがコミュニケーションだと言うなら、やはり怖いですよ。本当にその方の幸福を願っていたら、操ると言う言葉は出ないはずです。その一言にあなたの心を象徴するものがあるんです。これ見逃したらカウンセラーとしては落第だと思うのでお話しているんです。『操っている』と言うのではなく、『働いて頂いている』とか、『あいつ使い物にならない』じゃなくて、『どうやってその方によりよく働いて頂けるように支援するか』とか、そう言うことが悩みであれば、問題はないのですけどね。」


Aさん 「だから女性の支部長とかを可愛がっていますよ。」


カウンセラー 「男性はどうですか。」


Aさん 「使えないからな。」


カウンセラー 「今のその『使えないからな』という、それ自体が寂しい言葉ですよね。あなたのことも人事のほうで『使えないから教団本部に戻さないんだよ』と言われたらどうですか。」


Aさん 「それは頭に来るね。」


カウンセラー 「そうですよね。と言うことは、あなたの下で働いている支部長さんもそういう気持ちの人がいるんじゃないでしょうか。」


Aさん 「だからよけいいじめたくなっちゃうんだよ。あいつら支部長にさせてやっているのに、人のことを逆恨みなんかするから、できたら全部女性支部長と交代という感じにしたいね。」


カウンセラー 「ご自分の思い通りに人が動いてくれないと、切ってしまうというのは、少し怖いですね。」


Aさん 「S支部長とかね、H支部長とかね、みんな生ぬるいんだよね。」


カウンセラー 「あなたの個性に合わないと生ぬるいと決めてしまうのですね。」


Aさん 「うーん。」


カウンセラー 「人には色んな個性があり、その人に応じた悩みがありますので、その悩みを聞いてあげないことには、あなた自身も理解されないということになりますが、よろしいのですか。」


Aさん 「苦手だな、それ。どうやればいいんだ。」


カウンセラー 「育むということに取り組まれたら、あなたは一段と成長されると思います。」


Aさん 「あいつらのことを育む?」


カウンセラー 「あなたの論理だと、あなたに合わない人は抹殺されるので、一つの色だけに染めて、他の個性を認めないということになりますね。あなたも教祖から『気に入らないから切る』と言われたら、悲しくありませんか。」


Aさん 「じゃあ、言うけど、その不安はあるんだよね。教祖様って、そうやって切るよね。本当にやるんだよね。教祖様は。だからね、そこやられないようにしなきゃいけないんで、教祖様と同じようなスタイルで仕事していれば、教祖様に認められるじゃないですか。だからそのへんとの兼ね合いと言うのもあるんだよね。」


カウンセラー 「つまりそれが本当のあなたのストレスですよね。」


Aさん 「うん?」


カウンセラー 「時には自分の心を偽ってまで、やらねばならないということですよね。」


Aさん 「だって、教祖様にいつ切られちゃうかわかんないじゃないですか。間違いなく教祖様だってそう思っているはずですから。だから、そのやりかたで僕もやってるんだけど、教祖様と同じやり方すればきっと褒めてもらえると思っている。」


カウンセラー 「でも、同じ場所に長くいるようですね。」


Aさん 「人事局の連中は、人に対する恩義忘れてるな、あそこ。」


カウンセラー 「さっき根本仏とおっしゃいましたけど、あなたが不安におののかないといけないような生活をさせるのが根本仏なんですか?」


Aさん 「・・・教祖様はね、出家者である職員には厳しいんですよ。仏陀はそうだと思うんですよ。根本仏だから、我々弟子には厳しいのだろうなと思うんですね。もちろん世界中の人を救っていくと言うご慈悲をお持ちの方なんだけど、弟子を育てるということに関しては、人々を救っていくという仕事ゆえに、弟子には厳しいんですよ。だから、そういう厳しい処遇とか何かは当然あるんだけど、そこをうまくかいくぐりながら、こっちも生きてゆくということが大切だと思ってるんですよ。」


カウンセラー 「それは厳しさの意味が違いませんか。厳しさの奥には育みの心がないと、それではサバイバル・ゲームしているみたいですよね。」


(次回に続く)



お知らせ 【省略】



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幸福実現党 「沖縄・九州防衛プロジェクト」始動

2012/06/29 22:08  Category:幸福実現党

沖縄・九州防衛プロジェクト

幸福実現党ニュース より 抜粋
 http://www.hr-party.jp/new/2012/24730.html 

沖縄・九州防衛プロジェクト」進捗状況について 2012年6月10日
 このたび、迫りくる中国・北朝鮮の軍事的脅威に対応するため、「沖縄・九州防衛プロジェクト」が発足いたしました。今後、中国・北朝鮮の脅威から沖縄・九州を守り抜くために、政党活動の一環として国防強化の世論形成活動を展開してまいります。

 また、この活動を支えるために「沖縄・九州防衛基金」を設置し、沖縄・九州の政治活動や選挙活動、さらには国防に関する活動を展開するための資金に活用してまいります。7 月末までの党本部への寄附につきましては、この「沖縄・九州防衛基金」として扱わせていただきます。(党本部への寄附については、こちらのページをご覧ください。⇒http://www.hr-party.jp/new/entry/collect



幸福実現ニュース 平成24 年(2012 年) 6 月17 日 PDFから抜粋
http://www.hr-party.jp/new/wp-content/uploads/2012/06/1ff39bb6f223397937050472859b337c.pdf

沖縄・九州防衛プロジェクト始動
沖縄で"度肝を抜かれるようなこと"が起きる

幸福実現党立党3周年を間近に控えた5月13 日、東京・赤坂に、党本部が入居する「ユートピア活動推進館」が落慶。これを記念して、大川隆法党名誉総裁より「宗教立国の実現」と題する法話が行われました。
質疑応答の中で、名誉総裁は「間もなく、沖縄県民が度肝を抜かれるようなことが起きるだろうと思う。『ある日突然、占領されるのではないか』と思って心配している」と、中国による植民地化への警鐘を鳴らしました。
法話を受け、幸福実現党は5月17 日、中国、北朝鮮の軍事的脅威から沖縄・九州を守り抜くために、「沖縄・九州防衛プロジェクト」(プロジェクト長:矢内筆勝〔沖縄担当〕、江夏正敏〔九州担当〕)を発足。国防強化の世論形成に向け、さまざまな啓蒙活動がスタートしました。
The Happiness Realization News

発行所 幸福実現党本部 〒107-0052 東京都港区赤坂2-10-8
電話 03-6441-0754 幸福実現党本部2012年
平成24 年(2012 年) 6 月17 日

「沖縄・九州防衛基金」を開設
プロジェクトを支えるため、5月17 日に「沖縄・九州防衛基金」を開設したところ、約1200 万円の寄附が寄せられました(6月12 日現在)。党員の皆さま方のご協力に心より感謝申し上げます。
 なお、7月末までの党本部への寄附は防衛基金として扱わせていただきます。




▲「沖縄で"度肝を抜かれるようなこと"が起きる」--、近々に「中国が沖縄を侵略する」という、大川総裁の予言です。氏の発言(出版等)によると2012年に日本を大きな危機が襲うということですから、もう本当に間近だということになる。ただし、対外的にそうはっきりとは名言しておりません(ちっとも予言が当たらないし)。しかしこれまでの様々な発言・出版・行動の意味がここにあります。昨年末のエルカンターレ祭は、危機に備えて、日本を救うために今年2012年の活動をより強力にしなければならないという決起でもありました。
現在上映中の映画「ファイナルジャッジメント」は近未来予言映画であると銘打たれていますが、まさにこの始まりであり、日本全国が占領されるということです。
この国難(??)に対応するためという名目で、先だっての救国募金に続き、今度は新しい集金プロジェクトと危機感増幅が行われ始めました。



プロジェクト活動の一環
九州・沖縄防衛機構1


bouei nippon さんが 2012/06/26 に公開
沖縄・九州防衛プロジェクト http://bouei7.blog.fc2.com/

▲沖縄ではマスコミの偏向によって正しい情報が伝えられていない、と言っていますが、では何が正しいかというと、幸福の科学・幸福実現党の偏向した主張です。

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「あの男にはもう我慢できない。」  2012年06月28日

2012/06/28 23:00  Category:×険妄想ブログより

http://www.kokoroken.or.jp/blog/n1tmb3

「あの男にはもう我慢できない。」
これはある宗教団体の、教祖をはじめとするご家族や、職員の皆様を対象としたカウンセリング記録です。公共に貢献するという、宗教団体の公益法人としての本来の目的と特性をご理解いただいた上で、カウンセリング内容を一部公開することを了承いただいております。公開を通し、多くの人のお役に立ちたいという皆様の勇気に、心より敬意を表します。【…という設定だが提訴された】


腹に据えかねていたことがあったようです

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少しやつれたような顔で入ってこられました


カウンセラー 「どうぞご自由にお話ください。」


Sさん 「ずっと支部長としての仕事をさせていただいてまして、T県とかI県とかG県とか、まあ、いわゆる北関東ですよね、そういう所の中をあちこち支部長としてやらせて頂いています。」


カウンセラー 「北関東を中心にさまざまな支部を回って来られたのですね。」


Sさん 「自分で言うのは何ですけど、うだつの上がらない田舎の支部長と言うところですかね。」


カウンセラー 「大変な場所を多く手がけて来られたと言うことでしょうか。」


Sさん 「大変というか、田舎ばっかり回されていると言う感じです。」


カウンセラー 「はい。」


Sさん 「あんまりメジャーじゃないんですよね、僕の行く所は。僕自身が田舎者だから、そういう場所でいいのかも知れないんですけど。今はあんまり支部長やっていて楽しくないですね。」


カウンセラー 「そうですか。」


Sさん 「特に今のところ。ここは去年ですね、新しく支部を作ったばかりの所なんですけど、ここで中心的にやってきた信者さん、Mさんなんですけどね。その方が引っ込んじゃっているんですよ。そこの支部は信者さんの数もあんまり多くないし、Mさんが引っ込んでからお布施も全然集まらなくなったし、献本も全然進まなくなったし、伝道なんか、はっきり言ってゼロですからね。そうなってくると、今までそこに支部長を置いていたんですけど、支部長を置けなくなるわけですよ。支部長の給料も出せない。そこの家賃も払えないような状態であれば、支部長を置かないどころか、その支部そのものを閉めなきゃしょうがない。もともと私が担当しているO支部から分かれた所なんですけど、私は今O支部長なんですが、そっちは兼任して面倒見ている状態なんですね。だったらもう元の形のO支部一本にまとめてしまったほうが、経費もかからないし、いいのかなと思います。」


カウンセラー 「その一人の信者さんが引っ込んだだけで、支部そのものが回らなくなって来たということなんですね。」


Sさん 「しっかりとした人は他にもいるんですけど、実際にはちゃんとお布施をしたり、献本をしたりということじゃなくて、婦人部長とか何とか言って、ただ役職に就いていたいというだけの人なので、実際には一応取りまとめみたいなことはしているみたいなのですが、実際の活動が進むことには、あまりつながらない人ですね。性格がきついばっかりで、私もあまり好きじゃないんですよ。それが今抱えている問題ですね。」


カウンセラー 「そうですか。」


Sさん 「あとO支部そのものも、全然進まないんですよ。」


カウンセラー 「全然だめなんですか。」


Sさん 「元々いい支部じゃなかったんですけど、何と言ったってここは、今、問題になっているAさんが支部長でいた所なんで、その影響もあって、あまり伸びないんじゃないですかね。まあ、魔が入っているような人が支部長でいたからだと、駄目にした元々の責任はあの人にあるんだと言われてますね。」


カウンセラー 「それはいつごろのことなのですか?」


Sさん 「10年ぐらい前のことですけどね。有名な話ですよ。みんなここの信者さんたち、Aさんのことを知ってますからね。はっきり言って評判の悪い方ですね。婦人部長だったMさんばっかり可愛がっていたと、みんな言っていますよ。でも不思議なことに、その時が一番、伝道数や何かは良かったみたいですけど。」


カウンセラー 「はあ。」


Sさん 「評判はあまり良くないですね。だって今の統括責任者だってそう言ってますよ。『あいつはもうどうしようもない。あんな悪い奴はいないんだ。』って、私がM支部にいた時から、散々言ってましたからね。」


カウンセラー 「そうしますと、尻拭いで回されて来たような印象をお持ちなんでしょうか?」


Sさん 「まあ、そういう話を聞いているんですけど、実際にはAさんが支部長でいた時が一番、支部に集まる信者数だって多かったですし。だから、皆が言っていることと、ちょっと違うんですよね。Mさんのことも、今の婦人部長なんてもうひどい言い方して責めてますけど、実際にはMさんがいなかったら、伝道でも献本でもお布施でも、何一つ進まなかったわけですよね。実際に元々O支部にいた時なんかでも、Mさん一人で献本していたようなものですから、だからそういう方が今、引っ込んじゃっているということは、教団にとってはすごい損失ですよね。」


カウンセラー 「どうして引っ込まれたのでしょうか?」


Sさん 「教祖の女性問題がきっかけで、要はもう信仰を続けたくないということですよね。今までお布施していたけれども、教祖の女性問題が分かったので、お布施を返して欲しいと言っているんですよ。でも女性問題は事実無根ですからね、この誤解を取らなきゃいけないとは思っているんですよ。」


カウンセラー 「Mさんという方は、そんな誤解して動くような方なのでしょうか?」


Sさん 「うーん、それが良くわからないんですよね。直接いろいろ話をしたことがないのですけど、そういう熱心な信者さんがいきなりそうやって活動をしなくなるというには、よほどの事情がないと、そうならないと思うんですね。だからただ魔が入ったという一言で済ましてしまっていいのかなとは思っています。・・・それだけでは済まされない、何か別の問題があるのかなと思います。それと北関東の統括責任者のAさんですが、Mさんのことになるとものすごい攻撃するんですよね。魔が入ったと言ってね。ところが地元のMさんを知っている人の話だと、ものすごくしっかりした活動をして下さっていた方だという話もあるので、どっちがどうなのかと言うことが、よく分からないんですよね。」


カウンセラー「なぜ統括責任者のAさんは、そんなにMさんという方を攻撃なさるのでしょうか?」


Sさん 「おかしいんですよね。統括責任者もちょっと癖の強い人でね、いろんなことやるのが強引だったりするし、自分勝手に信者さんのことを操ろうとするようなところがありますからね。」


カウンセラー 「ほーう、操る?」


Sさん 「信者さんにおべっか使って、おだてたりしたりするんですけど。でもそんなの口だけですからね。要は自分の言うことを聞かせようとするわけですよ。でもその下心がね、ちゃんとした信者さんから見ると、分かっちゃうんじゃないんですかね。」


カウンセラー 「じゃあ、自分の思い通りに動かない信者さんに対しては、どうされるのでしょうか。」


Sさん 「魔が入ったとか、かなりその人の悪口言うんですよ。」


カウンセラー 「なるほど、はい。」


Sさん 「それで面と向かってはね、『いやおかげさまで、いつも助かってますよ』ぐらいなこと言ってるくせに、陰に回るとひどいですよ。」


カウンセラー 「裏表があるんですね。」


Sさん 「ありますね。それは私達に対しても同じですから。」


カウンセラー 「そうですか。」


Sさん 「なんかやる時に、変な理屈つけてやるんですが、よく分からないんですよね。田舎ですからね、こっちは。あまり本部のほうも、見えないということもあるのでしょうけど。まあやりたい放題やっている統括責任者というところですね。どういうわけか、人事とはつながっているんですよ。元々人事にいた人ですから。人事局の部長でしたから。本部で部長やっていると、地方統括責任者ですからね、地方に行けば。そんないきさつもあるので、人事握っているようなつもりでいるんじゃないですか。」


カウンセラー 「なるほど。人事局に影響力を与えている。そうすると結構好き勝手なことしても、人事局を握っているので、異動にはならないようにしているわけですね。」


Sさん 「信者さんを押さえ込んでガンガンやっているというのは、今の教団からいくと、これは仕事が出来る統括責任者だとみなされるんですよ。そっちのタイプのほうがね。でもそれはどうかと思いますよね。本当はね、私はね、さっきからMさんのことを引き合いに出して言ってますけど、私自身が統括責任者のAさん大嫌いなんですよ。」


カウンセラー 「そうなんですか。統括責任者のAさんもあなたをあまり評価していないのではないですか?」


Sさん 「僕は変な派手なパフォーマンスは好きじゃないし、実直にやるタイプなので、あんまり上に対して文句なんか言わないほうなんでね、それをいいことに言いたい放題言ってくるわけですよ。」


カウンセラー 「はあ。」


Sさん 「人格が知れますよね。何であんな人が統括責任者になっているのというぐらいですね。ひどいですよ。


カウンセラー 「よほど腹に据えかねるような思いをして来られたのですね。」


Sさん 「うまくいかないことは、全部人のせいですからね。たまらないですよ。ブクブク太っちゃって。」


カウンセラー 「随分責任を押し付けられて、嫌な思いをされたということですね。」


Sさん 「それとね、人の悪口言って、人を貶めるんですよね。陥れるのが得意ですね、この人は。ありもしないようなこと、皆に言い触らして、その人を陥れるみたいなことを、自分が気に入らないとなると、それやりますね。しつこいぐらい、それをやりますね。」


カウンセラー 「人事局にもそういうことを言えるようなパイプをお持ちだということですね。」


Sさん 「そうですね。だから私のことなんか、あんまりよく言ってないんじゃないですかね。人事のほうに。やっても、やっても、やりがいがないというか、本当に人の幸せのために何かをするということとは程遠い感じですね。統括責任者のAさんなんか、そんな気持ちはこれっぽっちも無いんじゃないですか。人の幸せのためになんていう気持ち。」


カウンセラー 「そう感じられるのですね。」


Sさん 「だって自分のことだけですから。何でも自分の評価のためとか、自分のためでしか動かない人間ですから。」


カウンセラー 「そうですか。」


Sさん 「自分のためだったら、人の事も無理やり動かすみたいなね、そういう人間ですからね。職員だけじゃなくて、信者さんだって皆そんな目にあっていますよ。言葉だけは丁寧な言葉を使うんですけど、はっきり言って腹黒ですね。もう我慢できないですよ。あの男には。」


カウンセラー 「よほど煮え湯を飲まされて来られたようなお気持ちをお持ちなのですね。」


Sさん 「こういう所でしか言えないんですよ。これ、言っていいんでしょ? ここで。」


カウンセラー 「どうぞ。ここは日頃言えないことを言って良い場所ですから。おっしゃってください。」


Sさん 「言っていいんですよね。そういうことを。こういう場所でしか言えないという自分も、情けないんですけどね。ちょっと気が弱いところもあるし、僕は。もう最近、自分でも鏡を見るのが怖いですよ。なんか老けちゃって。、顔がやつれちゃってね。自分で鏡見ても、気持ちいい環境で仕事していないな、とはっきり分かりますよ。」


カウンセラー 「なるほどね。」


Sさん 「これは年齢の問題もありますけど。いい仕事があったら転職したいと思っています。この教団も、教えは素晴らしいところが沢山あると思うのですが、やり方にはもう付いていけないですね。」


カウンセラー 「なるほど。」


Sさん 「この間だって、Bさんのことを書いた本ね、Mさんのところに持って言って読ませるんだって、統括責任者のAさんのほうから何度も何度も言われて、そんなことやりたくないですよ、こっちだって。何のためにそんなことするのかって。仕方なくてMさんのところの支部の婦人部の方を一緒に伴って行きましたけど。この人がまた人を悪く言う感じで、聞きたくないですよ、人の悪口ばっかり言う女性の話は。そんなものね、Mさんだって本を受け取ってくれるわけないですよ。あっ、あの時は本じゃなくて、ビデオ観に来ませんかという話だったんですけど。観に来るわけないですよ、そんなの。Mさんの顔見たけど、Mさんのほうがまともな顔してましたよ。」


カウンセラー 「そうでしたか。」


Sさん 「・・・恥ずかしい。そんなことやっている自分が、恥ずかしかったですね。あの時は。嫌になりましたよ。」


カウンセラー 「じゃあ、やっていることに疑問を感じられているのですね。」


Sさん 「そう。もうそろそろいいかな、という感じですね。家族もあって、生活というのもありますけど、これこのまま続けていたら、私、病気になっちゃいますよ。」


カウンセラー 「そこまで追い詰められているのですか。ご自分の顔を鏡で見るのが怖いというのは、よほどのことですよね。」


Sさん 「要は、本当にやりたいことと今やらされていることが、全然一致していないんですよ。だって教団の目標としていることを自分なりに一所懸命やろうとするんだけど、その理想と現実の活動のやり方が、全然一致しないんですよね。だから苦しくてしょうがないですよ。・・・何でそんなひどいやり方ばっかりするのか。何だってそうですよ。伝道だって数だけですからね。本当に伝道してその方が幸せになって欲しいという、そう言う情熱とか愛情とかでやるんじゃなくて、『何でもいいから、数あげてこい』の世界ですからね。実際そういう言葉を使いますからね、統括責任者のAさんは。」


カウンセラー 「そうですか。数さえあげれば、それでいいんだということですね。中身は問わないということですね。」


Sさん 「だから、自分の評価を上げるためですよ。そんな奴のために、何でこっちが手を貸さなければいけないんだ、ということですよね。そんなことのために。」


カウンセラー 「それで余計に嫌になられるのですね。」


Sさん 「嫌ですよ。首絞めて殺したいぐらいですね。」


カウンセラー 「そんなにまでですか。それはもう居たたまれないですね。」


Sさん 「そうですね。こうやって話してみると、自分がどんな気持ちでいるのか良くわかりますよ。やっぱりこういう気持ちでいたんだと。人に話すと自分の気持ちがはっきり分かってきますよね。やっぱりこんな気持ちでいるのは良くないんでしょ? 心理学的にも。」


カウンセラー 「良くないですね。心理学的にもそうですけど、常識的に見ても良くないですよね。ご自分を駄目にしてしまわれますよね。」


Sさん 「辞めたいですよ。家族のこともあるけれども、ここは本当に辞めて、次のこと考えたほうがいいですよね。」


カウンセラー 「そうかも知れませんね。そこまで思われているのでしたら。」


Sさん 「どうせそんなことを申し出ていけば、悪魔呼ばわりされると思いますけど。」


カウンセラー 「そうなんですか?」


Sさん 「そうですよ。自分たちに反することは、全部悪魔呼ばわりですから。」


カウンセラー 「そうなんですか!」


Sさん 「そんなの見てて、もう嫌になるんですよ。ちょっと支部に来なかったら、すぐに『魔が入った』のどうだの。そういう言い方するのは、僕嫌いなんですよね。信者さんにもいろんなご事情があるんだから、話を聞いて差し上げたりすればいいと思うんですけど、裁きまくるんですよね。そんな体質なので、・・・まあ、辞める時は何言われれたっていいですけどね、僕は。」


カウンセラー 「じゃあもうその覚悟はされているということですね。そういう道を選択する時はすると思っていらっしゃるんですね。」


Sさん 「うん。でもカウンセラーさんがそんなことをはっきり言っちゃっていいんですか? それ。」


カウンセラー 「いいえ、そういうお気持ちなのかなと思いましたので。あなたご自身の人生ですから、私が何かを勧めるということは特にございませんけど。」


Sさん 「そうですよね。これは私の問題なんで、私が決めます。でも近いうちに結論出したいと思いますので、その時また迷ったら相談させていただいていいですか?」


カウンセラー 「どうぞ、いつでもお越しいただけましたら。」


Sさん 「今日はっきり自分の気持ちが確認できたような感じで、・・・ちょっと聞き苦しいようなことを出しちゃいまして、すみませんでした。」


カウンセラー 「いいえ、とんでもございません。」


Sさん 「ありがとうございました。」



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教えの救済力が低減しています  2012年06月27日

2012/06/27 23:00  Category:×険妄想ブログより

http://www.kokoroken.or.jp/blog/iou2ym

教えの救済力が低減しています
これはある宗教団体の、教祖をはじめとするご家族や、職員の皆様を対象としたカウンセリング記録です。公共に貢献するという、宗教団体の公益法人としての本来の目的と特性をご理解いただいた上で、カウンセリング内容を一部公開することを了承いただいております。公開を通し、多くの人のお役に立ちたいという皆様の勇気に、心より敬意を表します。【…という設定だが提訴された】


足を運んで下さる方がいなくなる

copy_of_036.JPG


優しそうな言葉づかいで話し始めました


カウンセラー 「どうぞリラックスして、ご自由にお話ください。」


Sさん 「経済学で限界効用逓減の法則というのがありますよね。逓減の法則です。最近それを感じますね。東京の会館の講師として、いろいろセミナーとか祈願の導師とかさせていただいているのですけれど、こういう表現がいいかどうか分かりませんが、だんだんセミナーの効果とか祈願の効果・効用、そういうものが、グラフにするとずーっと右下がりで効果が下がって来ているという感じがします。そういう意味では、ここ1年間ぐらいはずーっと停滞しているという感じですね。」


カウンセラー 「停滞感を感じておられるのですね。」


Sさん 「教団全体として、イベント開催もありましたけどね。そういう教団全体としての大きなものになりますと、もうちょっと盛り上がりがあってもいいと思うのですけれども、それが年中行事みたいな感じになって来てしまいまして、新鮮味が薄れていると申しましょうか、そういう感じで、全体的に沈滞ムードが漂っている感じですね。実際私が担当しているセミナーとかも、最初の頃は喜んで下さった方も大勢おいでになったと思うのですけれども、最近ではマンネリ化しているような。むしろ不評だったりしまして、僕も工夫して改善したり、いいものを作ろうと思っているんですけれど、決め手を欠いているような、そういう状態です。」


カウンセラー 「なるほど。」


Sさん 「結局、私達がやっていることは、教祖様のご著書に基づいて、内容をいろいろ手直ししたりするんですけれど、ひところのように新しい法が次々と生まれてくるという状況ではないので、信者さんたちに私がお話しする材料が、やっぱり同じものを使わざるを得ないような、そういう停滞感はありますね。」


カウンセラー 「なるほどね。教団全体の停滞感とあなたご自身の停滞感がリンクしておられるようですが。」


Sさん 「同じだと思いますね。あちこちの会館の講師なんかも、多分同じような感覚で受け止めているのではないでしょうか。」


カウンセラー 「そうすると、あなた個人の問題にとどまらない、全体的な要因が大きいのでしょうか。」


Sさん 「私もそんなに自慢するほど優れた講師というわけではないのですけれども。・・・あとは、東京の会館で言えば、他に講師役とか祈願の導師とか、それを担えるだけの実力を伴った職員が、はっきり言って数か少ないということは言えると思います。仕方なくて、ここにいる職員で、支部長なんか経験していた者を導師役なんかに就けるのですけれども、信者さんも『今日の祈願の導師は誰ですか?』ということで、担当者を気にされる方が多いんですね。信者さんの立場になれば、ちゃんとした職員に導師を務めてもらいたい。祈願料を払うわけですからね。ですからそれなりの祈願の、まあご利益なんていう言葉を使ってはいけないと思うのですけれども、そういう効果がきちんと出るような、そういうような職員さんが導師になることを希望するんじゃないでしょうかね。」


カウンセラー 「なるほど。信者さんは、導師によって効果が出る、出ないということを感じておられるわけですね。」


Sさん 「感じているはずですね。」


カウンセラー 「それで、この導師だったらやめておこうとか、この導師だったらやりたいとか、人を見て選んでいるということなんですね。」


Sさん 「『そういう問題ではないんですよ。あくまでも天上界の光を導師はパイプ役になって通すだけなんですよ。』というご説明はしているのですけどね。それでも信者さんにとっては、やっぱり館長とか、名前の通っているような職員ですよね、そういう人が導師をして頂くということのほうが、それは嬉しいんじゃないでしょうかね。それ以外の職員がやっても、評判はそれほど良くないですね。そういう現状なんです。ですから、私も東京の会館にもう長くいるんですけど、訪れてくる信者さんの数もだいぶ減っていますので、ここは抜本的な改革が必要だと思っています。」


カウンセラー 「そうやってうまくいかない原因というのは、どこにあると感じておられるのでしょうか。」


Sさん 「やっぱり、東京の会館という場所の特性として、いわゆる教団本部の伝道部門が取り扱っていることですね、伝道、布施、献本という3本柱があるんですけど、その機能をこちらでも強く推進しなくてはいけない。特に布施ですよ。これはもう組織を挙げて、布施の部分に力を入れるという方向性になっていますので、今まではそういうことが支部レベルで推進されていたのですけれども、こういった会館でもかなりそれを求められるようになって来ているのです。ですから、せっかく遠くからおいでになった信者さんがいらっしゃるのですが、そういった方を見つけ次第、布施の話をするんですね。まだこれから信者になるという、東京の会館で入信の儀式をさせたいというお気持ちで、まだ信者でない方をお連れする方もおいでになるんですよ。せっかくそういう方をお連れになっても、ここの職員が対応するわけなんですけど、いきなり布施の大切さという話を始めちゃうんですね。まだ信者でない方にも。もちろん入信の儀式を目的に来ているので、その方にとってはそれが目的のはずなんですけれども、入信の話をする前に布施の話をしちゃうんですね。」


カウンセラー 「ほーう。」


Sさん 「それで、言っていることは間違いではないんですけれども、その話をし終わった後、『やっぱり信者になるのはやめます。少し考えさせて下さい。』ということで帰られた方もいたのですよ。こういうことをしてしまうと、会館に足を運んでくる人がいなくなってしまうじゃないですか。」


カウンセラー 「そうでしょうね。」


Sさん 「すぐに布施の話をするわけですから。それでも会館でいくら、いくらという形で、それなりに目標があるんですよ。支部と同じように。そういうようにお布施をお勧めしていく。そういうことがあるんです。そういう風潮が、皆さんの足を遠のかせる原因の一つになっていると思いますね。」


カウンセラー 「いつごろから、そんなふうな形になったのでしょうか?」


Sさん 「特に今年ですね。今年に入ってから。まあ去年あたりからそういう傾向はだいぶ強くはなっていますけど、はっきりその辺を打ち出し始めたのは今年ですね。今年の○○特別布施推進の時には、全組織挙げて、それ一本でやっていましたので。」


カウンセラー 「そうでしたか。」


Sさん 「他の目標はともかく、布施一本。それだけに絞り込んだ月がありましたのでね。そういうことがありますと、その後遺症みたいなものがしばらく続いてしまうようなことにはなっていると思います。その後、戻らないんですよ。お客様が。」


カウンセラー 「『また布施を勧められるのではないか』と思うわけですね。」


Sさん 「はい。それでちょっと皆さん、信者さんからみれば嫌な思いされているということだと思います。」


カウンセラー 「なるほどね。」


Sさん 「まあそれだけじゃなくてね、自己責任という立場でものを言うとしたら、さっきの話に戻りますけど、私自身の信者さんからの評価も、実はそれこそ逓減の法則じゃないですけど、落ちて来ているなと。」


カウンセラー 「どうして落ちて来られたとお考えでしょうか?」


Sさん 「教えを学んで、身に着けているつもりなんですけれども、具体的に信者さん一人一人の救済力というかね、そういうところにうまくつながっていかない感じはします。教えてもらっている教えがあるので、それを分かりやすく説明するようにはしているのですけれども、説明してもその方の心が本当に癒されるとか、本当に幸せな方向に向かって行くということには、なかなかつながっていないという感じがします。」


カウンセラー 「昔からそうですか? それとも最近ですか?」


Sさん 「昔はもっと、ホットな感じで、信者さんと親しくやり取り出来ていた時期もあるんですね。」


カウンセラー 「そうすると何が変わられたのですか?」


Sさん 「だんだん同じことやっても通用しなくなって来たんですね。前は通用していたけれども、今はそれがマンネリ化しちゃっているので、たぶん通用しなくなってしまっていると思います。」


カウンセラー 「なるほどね。ワンパターンということでしょうか。」


Sさん 「たとえばその女性が、お姑さんと何か問題抱えていると、『これこれこういうふうに捉えて解決したらいかがですか』と、昔も今も言っていることは一緒なんですけど、もうそれが信者さんもそれは分かり切っているんですよ。けれども長年それ解決できていないまま続いている。同じ方にまたそれを繰り返し言ったとしても、『それ分かっているんですけどね。それは分かっているんですけど、出来ないんです。』という言葉が返ってくるだけで、それ以上の決め手に欠いているというところだと思うのですね。」


カウンセラー 「その苦しんでおられる方は、どのようなお苦しみなのかということは、理解されるのでしょうか。」


Sさん 「大体、見当はついていますよ。」


カウンセラー 「あなた自身が、一生懸命、信者さんのためになろうとして、勉強もされて来て努力されているのに、それが通じないという、とても大きなお苦しみを今、お持ちになっていらっしゃるわけですね。」


Sさん 「それが苦しみだ、というふうには捉えたことなかったんですが、今言われると、確かに私の今のストレスの大きな原因はそこにあると思いますね。どうしたらいいんでしょうね。」


カウンセラー 「その方に一生懸命に良くなって欲しいと思って言われても、その方を救えないという無力感をお持ちなんでしょうね。」


Sさん 「思うように、その方がね、幸せな方向に向かなくて、いつまでたってもそこから抜けられない状態でいるんですね。こちらもそれから先どういうふうに対処して差し上げたらいいのかが分からないので、いろいろ今までの教えの言葉を使ったりするのですけれども、それに感応して涙されるということは無くなっているんです。はっきり言って、そういう意味では焦り、解決できない焦りというのがありますね。」


カウンセラー 「講師としての自分の無力感、講師として自分はだめだなというような思いも出てくるのでしょうね。」


Sさん 「意識しないようにはしていましたけれども、そういうふうに言われますとね、確かにそういう気持ちでちょっとこう、『絶対に自分はどんな悩みの方でも救済できるぞ』というような自信が、本当の意味で持てないという辛さはあります。」


カウンセラー 「東京の会館といいますと、やはり全国でも有数の所だと思いますが、そう言う所で講師を長年されているということは、ひとつの誇りというものをお持ちだと思うのですが、そのようなものも揺らいで来るということもございますでしょうね。」


Sさん 「東京の会館で講師をやっていると言うことで、『教団の教えで解決できないものは無い』というふうに、実際に言っていますからね。それにもかかわらず、日常的な嫁姑との問題で古くからの信者さんがいまだに未解決のままでいる。それに対してこちらが色んなアドバイスしても、効果的な結果が出てこないというのがちょっと辛いですね。だんだんそういうケースが増えて来てしまっているんですね。長くいると徐々にその皆さんの心が平安になっていくとか、自我が大分取れて優しい顔立ちになっていくとかいうのが望ましい姿だと思うのですけれども。むしろ年をとるに従ってそういう自我が益々強くなるというケースも出て来ているし。これは私たち職員もそうなんですけれども、年数が経ってみると薫習(くんじゅう)しちゃっているということは恐ろしいことだなと、よく思いますね。」


カウンセラー 「それは、色んな思いや経験が積み重なってその人の人格になっていくということですね。そうすると長年身につけた結果、自我が強くなって来ているということなんでしょうか。」


Sさん 「そうです。薫習(くんじゅう)しているものは仕方がないというふうにも見ているんですけれども。教祖の教えにもそうありますからね。『五十、六十になると薫習しちゃうんですよ』と。これはもうしょうがないことなんじゃないんですかね。」


カウンセラー 「素朴な疑問なんですが、長年そちらの教団で学ばれたと言うことは、教団の教えとか、習慣とか、そういうものが身についていくわけですね。」


Sさん 「いや、今私が言った薫習(くんじゅう)というものは、マイナスの部分ですよね、その人の。そういう気持ちでいた人は、そのマイナスの気持ち、マイナスの自我の思いというものが薫習しちゃって直らないということです。」


カウンセラー 「ああ、なるほど。」


Sさん 「教祖様もそう仰っているんですよ。」


カウンセラー 「ということは、そちらの教えでは、そういう人々を救う手立てがないというふうに感じ始めていいらっしゃるということでしょうか。」


Sさん 「もうその年齢になると薫習しちゃっているので仕方がないという見方はしています。」


カウンセラー 「なるほど。そうするとどうですか、お話を伺っていると、教祖の教えで救えない人はないはずなのに、現実には救えないということは、何か教え自体の中に十分でないものがあるのかなという疑問が浮かぶことはないのでしょうか?」


Sさん 「ですからその辺りのことで、私に講師として、救い切れないというような葛藤があるわけなんですよね。救いたいけど救えない。それでいろいろ今までの教えの言葉をいろいろ使っているのですけど、今はそれに限界を感じているということです。」


カウンセラー 「相当ご努力されて、色んなものを学んで、何とか救おうとされているのですね。」


Sさん 「うん。まあそれほどね、日夜努力してというほどではないかも知れませんが、一応そういう問題点、人が持つ色んな悩みなんかには適切な答えが出せるようには勉強しているつもりです。ただそれが全然効かなくなってしまって来ている。」


カウンセラー 「効かないんですか。」


Sさん 「うーん。」


カウンセラー 「それを痛感されているわけですね。」


Sさん 「そうですね。それが最初に言ったように低減状態、停滞しちゃっていますね、完全に。」


カウンセラー 「ああ・・・」


Sさん 「これ何かそういうのをきちんと研究するようなね、これでこういうふうに画期的に心が向上したというような事例とかも欲しいですよね。」


カウンセラー 「数多くの講師の方とか、館長さんとかいらっしゃると思うのですが、そういう中にもないのでしょうか。」


Sさん 「一応教学の研究部門がそれらしいことをまとめたりはしているのですが、それもさっき申し上げたように、従来の教えがまとまっているだけで、それ自体が力を失ってきているというふうにも見えます。」


カウンセラー 「ほーう。従来説かれてきた教えを適用しても、救える力が失われて来ている。」


Sさん 「救える力がね、少し薄くなっている。」


カウンセラー 「救済力が落ちて来ているのですね。」


Sさん 「だって、これまで散々使っていますからね。そういう事例みたいなものを。それでも相手の方がそれを克服して解決できたというのが、あまりないんですね。」


カウンセラー 「はーあ。」


Sさん 「このへんが、僕個人としては停滞の大きな原因です。全体としてはさっき言ったように、組織挙げて布施だとかやっちゃうと、信者さんの足がどんどん遠のいていくという悪循環になるということです。大きくは全体の部分と個人の部分で、そういう反省があるというふうに思っております。さっきカウンセラーさんが言われたように、それそのものが私の苦しみなんだということが今日は少し分かったので、もしかしたらそういうものの見方で信者さんの気持ちを察して差し上げるということも大切なのかなと。今日は勉強させていただいたような気がします。ありがとうございました。」


カウンセラー 「ありがとうございました。」




この方は「教えの救済力」そのものが薄れているという悩みを話してゆかれました。「薫習(くんじゅう)」という言葉で、年をとった人は救えないという話も出ましたが、不思議な気持ちがしました。というのも、心検では90歳を超えた方でも心が変わっていかれる現象を見聞きしているからです。救済できない言い訳の言葉として安易に使うことは間違いだと感じました。さらに、長年信仰を持っている信者さんや職員は、教団の教えや行動が「薫習」されているはずなのに、どんどん自我が強くなっていく人が少なくないというお話は、オヤッ? と思いました。私の理解が間違っているのでしょうか。



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