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責任を取らされるのは嫌です  2012年4月30日

2012/04/30 12:00  Category:×険妄想ブログより

http://www.kokoroken.or.jp/blog/8hih0z

責任を取らされるのは嫌です
これはある宗教団体の、教祖をはじめとするご家族や、職員の皆様を対象としたカウンセリング記録です。公共に貢献するという、宗教団体の公益法人としての本来の目的と特性をご理解いただいた上で、カウンセリング内容を一部公開することを了承いただいております。公開を通し、多くの人のお役に立ちたいという皆様の勇気に、心より敬意を表します。【…という設定だが提訴された】


相当に不満が溜まっているようでした。
IMG_2363.JPG

カウンセラー 「今日はどのようなご相談でお見えいただいたのでしょうか。」


Kさん 「あんまり面白くないんですよね。教団であんまりいい立場に立っていないんで、やっぱりみんなから脚光浴びるような立場が向いているんですけど、そこ外されちゃったんで。新規の社会事業活動で失敗しちゃったんで、仕方ないんですけど、後任の代表に比べると、私のほうがはるかに仕事できるし、今の代表になってから何もやらなくなりましたからね。経歴なんかはいいのかもしれないけど、今の代表者は気が弱いですからね。私の方がずっと気が強いし、手がけた社会事業活動は支援者獲得の争奪戦ですから、自分の方が向いているし、自分のほうがまともなことしゃべれるような気がするんですよね。」


カウンセラー 「新規事業活動で挫折されてからは、面白くない日々が続いているのですね。」


Kさん 「はい。自分の責任で失敗したんじゃないと思うんですよ。仕方がないんですよね。支えてくれる信者さんの数だって少ないし、信者として名前が登録されている方でも賛同してくれなかった人いるみたいだし。教祖は勘違いしてるんですよね。」


カウンセラー 「何を勘違いされているのですか。」


Kさん 「信者さんの人数がもっとたくさんいると思い込んでいるところありますから。支部に来ている信者さんの人数見れば、おおよそ分かると思うんですがね。大講演会といったって、首都圏でやっても、九州や四国からだいぶ動員しているんですよね。それで何とか会場を埋めているような状況ですから。その人たちが全員賛同してくれても、たかが知れてるんですよね。色んな社会的な提案や主張を外に向かって言っているんですけど、宗教団体が言っているとしか見てくれなくて、結局、一般の人は信用してくれないんじゃないかなと思いますね。宗教が社会的な面で力を持ったら、自分たちも信者にさせられるんじゃないかとか、あそこは宗教だけど大丈夫かとか、変な不安を持たれていると思うんですよね。・・・結局、信者さんが少ないということと、社会的な信用が無いということですよね。それと各地域で社会的な事業に名乗りを上げた人間がろくなのいないんですよ。地域のために何かやってきた人とか、地域に信用がある人じゃないんですよ。そのへんの会社勤めしてたとか、家庭の主婦とか、会社の社長さんといっても小さい会社ですからね。そういう人が地域で名乗りを上げても何が出来るのかと。言っていることはいいこと言ってたとしても、人物みられるとね。人選が安易すぎるんですよ。・・・それと信者さんが社会活動しても、実際にはあんまりうまくないんです。宗教団体の伝道のノリでやっているから、自分たち絶対正しいんですというノリでやっているから、相手が引いちゃうんですよね。だって駅前でビラ配ったりしても、宗教団体のおばちゃんたちがビラ配っているの見え見えだから。「いいこと言ってますね。頑張ってください。」と言っても、だいたい受け取ってくれないんですよね。・・・私も代表としてあちこち演説したけど、信者さんだけですよ、立ち止まって聞いてくれるのは。信者さんが社会活動のやり方知らないで、逆に嫌われているみたいですね。賛同者を求めてあちこち行く人いますけど、相手は迷惑しているみたいです。それを感じます。大体そういうことが理由で失敗してしまう。代表の私が悪かったからじゃないんですよ。私の力が弱かったからとか、そういう理由じゃないんですよ。失敗するには失敗するだけの原因があります。・・・あと、代表を取り替えすぎますよね。代表になったら、団体のため、教祖のため、国のためにどうすべきかと色々考えるんですよ。・・・でも一番心配なのは、代表をいつ取り替えられちゃうかなというところが一番心配で、まあそれがあるから頑張ってやっちゃうんですけど、実績が出なかったらお払い箱です。私には責任がないのに辞めさせられて、私が責任とらされるんです。面白くないのはそれなんですけど、それ考えると気分悪くなっちゃうんですよね。・・・考えてみるとあれだよね、自分が悪くないのに責任取らされてということは、教団ではよくあるんですよね。昔ニューヨークで仕事した時でも、信者が何か問題起こして、私の問題でもないのに私の責任になったりして、なんかおかしいですよね。私の責任じゃないんですよ。何も悪くないんだもん。社会事業活動の時も、私は何も悪くないのに、外されて、そんなのが嫌ですよね。それだけじゃなくて、それに近いことが何度かありましたけど。」


カウンセラー 「Kさんは、何かのことで、ご自分が進んで責任を取られたということはあるのですか。」


Kさん 「責任者になることは沢山ありますよ。色んな部署の責任者になったり、重要な部署の責任者になることはよくあります。でも、責任取らされるのは嫌なんですよ。何事も問題がなければいいけど、問題があった場合は、問題起こしたやつの責任でしょう。私の責任じゃないんですよ。責任者の立場は私だけど、私以外の人間の問題で、なんで責任取らないといけないの。」


カウンセラー 「責任者は、他の者の失敗の責任を取る立場ではないのですか。」


Kさん 「取りたくないね。責任取りたくない。私関係ないもん。その人がやったのだから、その人に責任を取らせればいいんでしょう。だって、社会事業活動失敗した時だって、教祖が色々方針を出して失敗したんだから、教祖だって悪いんじゃないの。だって教祖は立派な方ですけど、何でもかんでも正しい判断しているわけでもないような気がしますけど。・・・あんまり言えないんですけど、本当はそっちにだって責任はあると思うよ。」


カウンセラー 「あなたには責任が無いのですか。」


Kさん 「だって、やれって言われて一生懸命やってるだけですよ。それなのにみんながうまくやってくれない。」


カウンセラー 「そういう責任に対する考え方は、以前からお持ちだったのですか。」


Kさん 「・・・以前会社勤めしている時は、責任者になってないもんね。でも言われたことは社員として一生懸命やってたし、それで十分じゃないですかね。それほど問題起こしたわけじゃないし。」


カウンセラー 「教団の教えがそういう考えなのですか。」


Kさん 「教えは教えでね、いい教えなんですよ。でも、現実に色々仕事していく上では、必ずしも教えが仕事に適用できるかというと、そうでもないんですよ。自分のこと守んなきゃいけないことあるからね。だって、教祖だってそうでしょう。理事や局長たちだって、何だかんだ言って、人間は自分を守りたいんじゃない?。そこに教えはどうだとか言われても、ちょっと困っちゃっうんですね。」


カウンセラー 「あなたを、あなたの部下の方から見て、どう見えるのですかね。」


Kさん 「責任者だから偉いと思ってくれてるんじゃないですかね。部下はミスしないでいてくれればいいですよ。ミスされるとこっちに来るからね、火の粉が。だから嫌なんですよ。ミスは許せないですよ。」


カウンセラー 「部下に対しては厳しいんでしょうね。」


Kさん 「仕事ですからね。」


カウンセラー 「信者さんは、あなたをどう見ますか。」


Kさん 「信者には、立派な立場に立っているんだと思われると、気持ち良いですね。」


カウンセラー 「信者さんの気持ちはどうなのですか。」


Kさん 「あんまり考えたこと無いですね。」


カウンセラー 「社会事業活動を一緒に進めたメンバーからはどう見えますか。」


Kさん 「代表だから偉いと思ってんじゃないですか。」


カウンセラー 「教祖からはどう見られているのでしょうか。」


Kさん 「私が事業活動に失敗したから、ダメだと思ってるんじゃないですか。」


カウンセラー 「責任を回避しようとされるのは、何か怖いんですか。」


Kさん 「責任取らされて立場失っちゃうのはいやですね。」


カウンセラー 「立場を失うと、どうなるのですか。」


Kさん 「そのへんの支部長か何かに飛ばされたら、かっこ悪いですよね。」


カウンセラー 「格好悪くなるのが怖いのですか。」


Kさん 「みんなからの評価が下がっちゃうの嫌ですよね。」


カウンセラー 「評価されなくなるのが怖いのですね。」


Kさん 「私は優秀な人間だから、しかるべき立場になっていないといけないんですよ。それ崩されちゃうと、つらいですよね。」


カウンセラー 「プライドが傷つくということですか。」


Kさん 「・・・なんか自分の存在自体が全部否定されちゃったみたいで、支部長なんかになったりしたら、いたくないですよね。」


カウンセラー 「教団にいたくないのでしょうか。」


Kさん 「・・・食っていかなきゃいけないから、そんなことにならないように色々やっているんですけど、なかなか思うようなポジションつけさせてもらえないのは不満ですね。」


カウンセラー 「あなたはこの教団に、どのような理想を持ってお入りになったのですか。」


Kさん 「・・・この教えを広げたいと思いましたね。元は金融機関にいたので、教祖からの期待も大きかったし、他の職員より優秀だと分かっていたし、信者さんからも期待されていたので、颯爽とデビューしたんですよ。局長や理事になることを期待されていたんじゃないですか。自分にふさわしいのは理事長ですよね。ナンバー2ですよね。それが自分にとっては理想ですね。教祖のナンバー2になれるようにがんばりたいと思います。そういう立場になると、やる気が出るんですよね。教団も、この私が理事長やれば、ちゃんと大きくなるような気がします。」


 


この方の自我は「責任を取りたくない」という自我でした。脚光を浴びる責任者の立場には立ちたい。しかし、決して責任は取りたくない。部下のミスは自分の立場を危うくするので、仕事では部下にとても厳しい。そういう姿が浮かび上がってきました。


この方の責任に対する考え方の問題点に、ご自分で気づいていただきたいと、さまざまな角度から振り返っていただくように促してみたのですが、ダメでした。強烈な自己保身の壁が分厚く立ち塞がって、それが割れない感じでした。


この方にとっては、それでも本音を話せたのでだいぶ軽くはなられたみたいでした。とは言うものの、一貫して横柄な態度で「自分は絶対に間違っていない」と言い続けられたので、なぜここまで自己保身が強くなってしまうのかと、不思議な感じを受けました。学歴や職歴を見ると相当なエリートであるだけに、ブレス・ノブレスオブリージュ(高貴さは義務を強制する)という言葉を、教団のためにも、ご自身のためにも、じっくりと味わっていただきたいと思いました。



お知らせ 【省略 前回と同文】


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