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4-6 悲しくそれぞれの道へ別れて 

2009/12/14 06:31  Category:「虚業教団」 関谷晧元

                    第4章  愛なき教団だから 「愛」 を説くのか


  悲しくそれぞれの道へ別れて

 道を求める真剣さにおいて、中原幸枝と阿南浩行は初期〈幸福の科学〉の双壁だったと言える。阿南事件が中原にもたらした衝撃は非常に大きかった。二人が仲よしだったからだけではない。おそらく 中原の心の中で、大川に対する何かが崩れ去ってしまったのだ。疑い、不信が一気に噴き出してきた感じだった。
 一分の疑念を飼い馴らしながら活動していた私のような人間とは違い、中原は切ないぐらいに純粋だった。主宰先生のために死ねと言われたら、死にかねないほど一途に打ち込んでいた。その主宰先生には愛のかけらもない。あれほど愛を説きながら、どこにも愛の実践がない。神理というのは、口先だけのおしゃべりだったのか……。

 一つ屋根の下で彼女を見ていた私は、その絶望の深さを言いあらわす言葉を持たない。
「いや、何かある。後になって"ああ、あれはこういうことだったのか"と私たちが気づくような、何か深いお考えがあるに違いない。それを信じてみよう」
 ずっと大川信仰の浅い私が、そんなふうに彼女を励まさなければならなかった。
 設立準備の頃から超人的なパワーで働いてきた中原の、心と体を支えていたものがプツリと切れたようだった。それまで溜まっていた疲労がドッと襲ってきた。彼女は体の不調を口実に事務所へはあまり顔を見せなくなった。

 大川のほうも、中原に異変を感じとったのだろう。会の顧問か参与に昇格させるからと、慌てて言ってきた。地位を与えたり解いたりすることで、人の心までコントロールできると思い込んでいるのが大川主宰だった。どういうかたちで断ったかは知らないが、そんなものに魅力を感じる彼女ではなかった。
 二月頃からは、もうほとんど出て来なかったのではないだろうか。
 そのまま中原は会を去った。こうして大川は最大の協力者、会の土台を築いた第一の功労者を失った。同時に、最も真剣に神理を求めた、一番純粋な 〈光の天使〉を見失ったのである。そして、私たち「夫婦」は、話し合って仲良く 離婚した。
 まるでブレーキが利かなくなったように、〈幸福の科学〉はこの年から露骨な拡張路線をひた走っていくことになる。

 中原にくらべると、私はずっとしぶとかった。
 阿南の処分にどうしても納得できなかった私は大川に直訴した。
「高い次元から見ている主宰には、いろんなことがおわかりでしょう」
 高次元にいる自分の考えなどお前たちにわかるはずがない、というのが大川の口グセだった。だから言う通りにせよ、というのが主宰の論法なのだが、そこを逆手にとるしかないと私は考えた。正攻法で攻めても、いつものように「霊が言ってるんだ」で煙にまかれてしまうのは目に見えている。
「阿南を呼びつけて、低次元の人間にもわかるように、どうか諭してやってください。先生にしかわからないことが、いっぱいあるんですから」

 大川は不機嫌にむっつりと押し黙っていた。せっかくの戦法も、これでは役立たない。その後も、この話題になると大川は急に不機嫌になり、胸襟を開こうとはしなかった。
 二月二日に、事務局から〈阿南元講師に対する当会の基本的考え方〉という配付文書の原案がまわってきた。
 見ると、次のような五つの項目が挙げられていた。
 
 1、基本的視点  2、講師像の認識不足  3、問題認識の欠如  4、高級心霊に関する批判的態度  5、社会的常識の欠如
 
 それぞれの欄に、阿南に対する批判がビッシリと書き込まれていた。                  
 "もう阿南が去っていくのはしかたないな"
 もはや私には何もできない。
 "いろんな問題があったとしても、このブッタサンガー(布教団体)に代わるものはないのだ。一時的に阿南が離れるのだと考えればいい。それも、彼にとって何かの意義があるだろう。阿南には悪いが、そう信じよう"
 しかし、これほどの苦しみを背負って去っていく者に、こんな悪口だけを並べてハイさよなら、というのではあまりではないか。それだけは絶対に許してはならない。そう考えた私は、次のような文章を最後に追加させた。

 ── 以上の如く、当会の発展途上の現機構には即さない為に本部を退職しましたが、法を学ぶ熱意、その他優れた点も多く持っており、本部としては暖かく見守っております。

 配付文書では、わずか三行。それを加えさせるのが、私にできる精一杯のことだった。せっかく 神示をいただきながら従おうとしないこのアーナンダに、職員全体が批判の目を向けていたのである。
 去っていく 阿南のために、中原と私、そして彼を兄弟子として慕っていた伊藤博樹で別れのテーブルを囲むことにした。私は残務があり欠席したが、食卓に料理が並ぶ前に、昨日まで尊敬してやまなかった兄弟子を、伊藤が口汚く罵り始めたという。
 中原もただあっけにとられた。

「目ン玉をくり抜いてやろうか」
 そんな暴言まで飛び出した。思いがけない成り行きに、阿南はジッと耐えるふうだった。しみじみと語り合いながら別れを惜しみたいというささやかな願いはかなえられなかった。料理が運ばれてきたが、誰も手をつけずに外へ出たのだった。
 私は、この話を中原と阿南に後で聞いた。悲しかった。無性に悲しかった。私たちは一生懸命になって、いったい何を造りあげてしまったのだろう。ともに同じ道を歩いてきた。同じ理想を目指し、ともに学んできた。その仲間が、なぜこんな憎しみを抱き合うようになるのか。

 しかし歴史には、そんな例がたくさんある。愛を求め、平和を求め、ユートピアを求めた者同志が、何を師とするかによって、最も激しく憎み合ってきたのである。
 街の灯は、それぞれの心の中の苦しみなど知らぬ顔で、コートにくるまった三つの体を冷たく照らしていたに違いない。同じ道をきた三人が、いま別々の道へ歩み去ろうとしている。伊藤も阿南も、中原も。そして私もまたもう一つの道を歩まねばならない。



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