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5-1 紀尾井町ビルヘの入居契約が最後の奉公

2009/12/14 06:33  Category:「虚業教団」 関谷晧元

第5章  さらば、〈幸福の科学〉よ


  紀尾井町ビルヘの入居契約が最後の奉公

 阿南事件のあった八八年から八九年にかけての冬は、寒く長いものに思われた。
 その年の一月、昭和天皇の崩御があった。二月には政界、財界、官界を巻き込んだリクルート疑惑で、リクルート元会長が逮捕されている。また、新聞やテレビのニュースでは埼玉県で頻発していた幼女誘拐殺人のことが連日報じられていた。
 バブル経済の真っ最中だったが、暗いニュースがつづいた。物質的に豊かにはなったが、人の心はますます荒廃の度を深めていくようだった。その荒廃から立ち上がるべく、新しい価値を求めた私たちの運動。そこに、私はもう希望を見出せなくなっていた。

 心が重く沈む。春はなかなか来ないように思われた。
 しかしバブルが膨らみつづけていたように、〈幸福の科学〉も着実に大きくなっていった。三度目の拠点となっていた西荻窪の地下の事務所もすでに手狭になっている。さて次の事務所はどうしよう、という話がチラホラ出ていた。またまた私の出番である。
 駅前の七階建てビルが空くと聞いて当たってみたが、宗教団体はお断りとアッサリ振られてしまった。
 西荻窪にしっかり根をおろし、ここを神理伝道の拠点にするというのが、〈幸福の科学〉の最初の決意だった。
「場所など問題ではない。素晴らしい教えさえ説きさえすれば、地球の裏側からでもここへ尋ねてくるようになる。だから、この西荻窪が聖地なのだ。天理教ができて天理市になったように、〈幸福の科学〉がこの町の名前を変える日がきっとくる」

 はじめの頃、西荻窪への大川の入れ込みようは大変なものだった。
 しかし主宰先生の言うことは、すっかり変わってしまった。
「こんな田舎に何でいなければならないんだ。政治家とのコンタクトも、これからは必要になる。中央へ出たい。高級霊からの通信も、それがいいと言っている」
 大川に何か野心があるなら、便利屋程度にしか見られていない私が、何を言っても耳を傾けはしないだろう。「高級霊からの通信」という切り札があるかぎり、どんな正論も通じない。高級霊の指示だからと、その野心を達成しようとするだろう。
 "どうせなら、何でもしてやろうじゃないか"
 そんな気持ちになっていた。
                                    
 新宿三丁目に手頃な貸しビルがあった。宗教団体を表に出さず、出版社として下交渉すると間もなく OK が得られた。そこを第一の候補として、次にもっと思い切りすごいところを狙ってみた。それが 「紀尾井町ビル」 である。
 千代田区紀尾井町に建設が進んでいた地上二六階建てのこのビルは、当時ビジネスマンの話題の中心であり、あこがれの的だった。東京の一等地ではもはや入手不可能な広いフロア、皇居や永田町にも近い地の利。賃貸料も月何千万円という単位である。そこに入居することは、トップ企業の証明であるかのように思われていた。
 "一つ、あそこを狙ってやろうか"

 新宿のビルの下交渉で親しくなった不動産業者に相談すると、たちまち目を輝かせた。契約成立となれば、手数料だけで二〇〇〇万円を越えるのである。しかし金を出せば誰でも入れる、というわけではなかった。権威という付加価値をつけたいビル側(大京)の内容審査は厳しく、やっと名が売れ始めたばかりの宗教団体に簡単に貸してくれるとは思えなかった。

 とりあえず本部に相談すると、大川は身を乗り出してきた。ダメでもともとではないか、とりあえず挑戦してみよう。 その気になって、大いに私を励ましてくれた。中小企業が、一気に一流企業の仲間入りをするのである。会の礎として献身してきた私にも、それは愉快なことである。
 大京の事務所へ行くと態度こそ丁寧だったが、こちらを軽く見ているらしいことは、私にも推察できた。〈幸福の科学〉などという名前は聞いたこともないのだろうから、それもしかたあるまい。この敵をどう攻略してやろうか。私はいつの間にか、"紀尾井町ビル入居"をゲーム感覚で楽しみ始めていた。

 次の折衝のときは、建設中のビルへ案内された。まだ骨組みしかなかったが、鳥カゴのようなエレベータで二一階まで昇った。物凄い恐怖と、春とはいえ、寒々とした曇り空だったことをよく覚えている。東京を睥睨するような、素晴らしい見晴らしだった。
 あんな高みから見おろしたら、人の心や生活はますます見えにくくなるだろう。
 今にしてそんなふうに思う。しかしあのときの私は、そんなことを感じるゆとりはなかった。高所恐怖症者のように、自分の高さが怖くてしかたなかった。

 事務所に帰った私は、見てきたことをさっそく大川や幹部連中に話した。私自身いくらか興奮していたかもしれない。当初は夢物語でしかなかった。それが次第に、大きな期待となって膨らんでいった。
 ついに高級霊からの指示があった。
「高級霊から指示が下り、九次元霊全員が新宿ではなく紀尾井町ビルに移れと言っている」
 ある朝、そんな神示が大川から披露された。

 ご存じない方のために言っておくと、九次元というのは人の霊としては最も進化した人々のいる世界で、仏陀、キリスト、アラー(高橋信次)、モーゼ、孔子、ニュートンなどが九次元霊である。その霊たちがこぞって、「紀尾井町ビルに移れ」 と言っているという。 私にとっては、いよいよ話が面白くなってきた。

 例の業者と作戦を練った。まず、新宿のビルのほうで内諾をとり、その信用で大京側を落とそうというものだった。
 じきに大京から、もう少し具体的に調査したいと言ってきた。
 今度は細田局長をともなって大京を訪れた。質問は以前と同じだったが、私にはピンとくるものがあった。私たちは、事務所としては最高の場所にある一八階を希望してその日の交渉を終えた。


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 外に出ると、細田が言った。
「ウチのスケールでは、ちょっと無理じゃないかね」
「いや、これはOKですよ。間違いない。ただね、一八階は貸せないが、三階か四階ならいいと必ず言ってきますよ」
 まだ小寒い陽射しの中を、私たちは西荻窪の小さな事務所へと急いだ。
 そこに入居することは、トップ企業の証明であるかのように思われていた。
 これが、〈幸福の科学〉における私の最後のご奉公になった。しかしそれを今、複雑な気持ちで思い出す。この紀尾井町ビルが、会の拡大路線に火をつけてしまったのではないだろうか。四月になると、高級霊から大川に「伝道の許可」 が与えられ、会員獲得へ盛んに檄が飛ぶようになった。



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