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大川隆法氏、結婚披露宴でのスピーチ 1988年

2011/11/09 18:45  Category:教団誌

   新時代の結婚観 (月刊誌1988年5月号から)

 皆さん本日は私共のために四月の麗らかな日曜日の午後、時間を下さいまして誠にありがとうございます。本来こうした結婚披露宴というものは非常に私的なものですので、こうして会員(幹部)の方に大勢おいで頂くということは大変恐縮いたしておりますが、恐縮を通り越して恥ずかしいというのが真実の気持ちであります。一言の挨拶ということでございましたが、プログラムを見てみますと、三十分程度組まれているわけでありまして、新郎が三十分スピーチをするというのは、おそらくちょっと例がないのではないか。なぜ三十分スピーチをするのかといいますと、私共の結婚を他の方が会員などに説明すると非常に間違いをおかしやすいということで、本人が話してくれと、まあこういう趣旨であったようです。そして大変緊張いたしますことには、本日のスピーチが原稿となって月刊誌の五月号に発表されるということでありますので、私もそう気が抜けないという気持ちがいたしております。

 そこで私共の出会いの話を兼ねまして新時代の結婚観について話をしてみたいと考えます。まあ今日来られた方々の大部分は「幸福の科学」の関係の皆さんですので、一体いつの間にそういうことになっていたのかというのが、一番関心の的ではないかと思います。大変多忙であるということになっていたはずなのに、どうなっているのかということが疑問であろうと思いますが、本日は講演会とは違いまして質疑応答の時間がございませんので、自分から何らかの形で話をしておかなければいけない。とこういうふうに考えます。

 そこでどのようにどうなったのかという話でありますが、実際私自身が結婚する気があったのかどうかと、この辺に最初の疑問と言いますか、皆さんの本音があるのではないかと感じます。これについて申し上げますと、実は私自身が結婚をしますことは、今から一年以上前からすでにわかっていたわけであります。もちろん数々の本を出して人類の未来であるとか、あるいは皆様方の将来のビジョンについて説いている私でありますから、自分の未来がわからなければ、これは商売上がったりでございます。そういうことでわかっていたわけでございます。だいたい去年の春頃にはわかっていたわけであります。そしてその時期だけがどのあたりに設定するかということが問題であったということであります。ただ去年の秋から冬にかけての間ぐらいであろうかと感じていたわけでありますが、いかんせん、この世は非常にスピードが遅いものですから、事務局長の祝辞で世界一早いと言われてもかなり遅いというのを感じているのが実感でございます。

 まあ結婚することはわかっていたのでありますが、相手が出て来ないという状況がしばらく続き、いつ出て来るのかなと待っていたわけであります。そうしたところが、本日隣に座っております者がですね、去年の七月ぐらいであったでしょうか、私の著書であります「太陽の法」を他人から紹介されまして読んだのだそうです。読んでなんとなく幸福の科学に来たくなったんだそうです。そして八月頃でしょうか、入会願書が出され、その入会願書を見たのですが、それでわかったのか、わからなかったのか、皆さんはその辺が気になるでしょうが、わからなかったのであります。その時はわからなかった。しかし何かを感じたから合格をさせたわけであります。そして九月頃でしょうか、原さんの瞑想教室に通いまして、その後入会したということがあったようです。そして十月頃からボランティアで幸福の科学の東京本部の方にも来てくれてたようですが、私は非常に不精者の主宰でありましてめったに事務所の方へは行かないものですから、そのことは全然知りませんでした。

 そうこうします中にまあ本人の言によりますと、最初中級セミナーで初めて私を見たそうでありますが、最初の感想は非常にがっかりしたということであったそうで、理想とは大分違うということだったそうですが、十月の講演会あたりから「男は、外見ではない。中身ではないか」という悟りを開いたようであります。そうして十一月に入りまして大洗の研修会に参加したそうでありますが、この時になんと言いますか、ちょうど研修の内容がよかったと言いますか、光明思想をやったわけです。そして不思議なことに光明思想の研修をやってから何か会員の中に華やかなムードが流れ始めたのですが、その辺にひとつのきっかけがあったのではないかと思っております。「希望の科学」とか、あるいはいろんな講義をいたしましたけれども、その頃から「結婚祈願」という祈願文を読む方が増え始めたそうなんですが、私もどうやらそういう流れの中に入ってしまったということが実情であります。
 そしてその後どうなったのか。研修会でじゃあ気が付いたのかということですが、まことにもって恐縮ながら気が付かなかったというのが実情であります。私は皆さんを指導するのに精一杯でございまして、そういう私心をまったく持っていなかった。で人様が結婚していただいても結構だけれども、自分はそういう心は全然持っていない。こういうことでありました。ただ私の場合には出る時にはポコッと棚ぼた式に落ちてくるに違いないと思っておりました。おそらくそうなるであろうと思っていたら、その通りにやがてなってくるわけであります。

 そして十一月研修の終了認定試験というのを皆さん出されたと思いますが、それらの採点をしていたんですが、まあ木村恭子という名前で書いた答案があったわけですが、ここあたりでそろそろビビッときはじめたのであります。これはちょっと不思議な感じがしたんです。普通じゃないという感じがしたんで、秘書室長をしている原さんに、この人どういう人か調べてくれということで私はお願いしたのであります。
 ところがちょうど研修が終わった後でしょうか、本人も家に帰りまして、そして研修のこととかいろんなことを考えている中に、三日後ぐらいに突如心の窓が開いたそうであります。心の窓が開いて、そして私と同じようにいろんなインスピレーションを受けられるような状況になったそうであります。ところが本人はそれが本物であるのかどうかということがわからないということでだいぶ一週間ほど苦しんだそうであります。そしてやはり頼るところは主宰に聞く以外にないということであったんでしょう。その自分の様子を書いた手紙を事務局に持ってきたわけであります。

 その手紙を事務局長が一読いたしまして、こんなはずがあるわけないと思ったかどうかは私は知りませんが、私のところにはやや否定的なニュアンスが伝わってきたわけであります。否定的なニュアンス付きで回ってきた手紙でありましたが、内容が内容、霊道が突然開けたというだけに一大問題となりました。迷える人が出たらしいが、どうやって救ったらいいかということで、伺いに上がってまいりまして、で、私はそれを見たわけであります。
 しかしその時、まさしく間違いなくこの霊道は本物であるという判定をいたしました。そして原さんに調べておくようにいっていたのを、すっかりその頃忘れていたのですが、直接会ってみようということで自分の方から行ったわけであります。私の方から個人面談をしたのは、これが最初であります。で最初に面談した人と結婚することになったわけであります。誠に省エネと申しますか、試行錯誤がないということであろうかと思います。

 そして十二月の十一日だったでしょうか、ちょうど面談の日がきたので、事務所の方で会ったわけであります。会ったのですが、そしてどうだったかというと、いかんせん、その時も私はまだ鈍くございまして若い女性と話をするのは久しぶりであったので非常に感覚が鈍っておりまして、昔はそう言えば、そういうこともあったかなという感じで、意識的にはもう五十、六十の意識に入っていたもので、到ていそういう感じがしなかったのが本音であります。
 ところがであります、その頃からさまざま幸福の科学の指導霊団から「即、結婚せよ」という指令が降り始めたわけであります。そして本人の意志に関係なく、そうした計画が着々と進み始めて、「すぐしなさい」というような話が続々と出たわけであります。そういうことで十二月の十六日でしたでしょうか、翌週にもうやむにやまれぬ気持ちと言えばあれですが、電話をいたしまして、もう一度会ってみようということになったのですが、なんともう一度会ったら、すぐ婚約してしまったという状況でございます。その時にもやはり私個人と言うよりも、そうした指導霊団からの指導があったということです。
 私も会社を退社いたします時に、主たる指導霊、五名ほどに相談して全員が「即、会社をやめなさい」という意見だったので会社をやめて幸福の科学というものを始めたわけでありますけれども、結婚の時も「即結婚しなさい」と全員一致で言われたものですから、この場合、抵抗できないという状況でありました。まあそういう運命的な出会いであったと思います。

 また、新婦であります彼女にもやはりそのような啓示がいろいろとおりていまして、彼女の方にも自動書記が始まっていましたが、「あなたの結婚の相手は大川隆法である」と、もうはっきり言われていたということであります。したがってデートしてましたと言いますか、出会いましてなんの話をするかというと、先方の方もそういう話を聴いているものですから、「私の進路は」と聞いてくるわけですね、「私の進路は」と二回ほど聞かれましてウーンと、しばらくうなってから、「進路はもう決まっている」ということで、こういう話になったということであります。ちょうどその頃新婦は大学の卒業を控えて就職も決まっていたようでした。非常な難関を突破して千人受験して七名しか取らないというような難関のところに英語力を生かして就職決定をしていたようですが、本人は私より非常に思い切りが早ようございまして、私と会う前にもう会社に内定を断ってきていたというな状況でありました。そういうことでまことに手抜き簡単ながら、一回初めて二人で会いまして、その場で話を決めました。両親に全く関係なくということで決まってしまいまして、翌週にはもう式場の手配等をやっていたということであります。

 まあこうした速度で決めるということは非常にこの世においては不思議なことかも知れませんが、振り返って考えてみますと、私共が地上で結婚するというのは偶然ではないんであります。偶然で結婚するということはまずないんであります。大抵の場合は地上に出てくる前に自分の伴侶というものを決めてくるわけであります。そういう意味において、まず当たり外れというものはないといってよいのではないかと思います。私共も過去をひも解いてみれば何度か夫婦になったことがあるようでございます。そうした縁生もあって今世でも夫婦になることが出来たんであろうと、このように考えています。

 さてこれが個人的なエピソードの部分でございますが、さて幸福の科学というところを主宰しておって結婚して一体じゃあどうするのかと、どういう理想のもとに、この新しいステップを踏み出すのかということに関して私の考えを述べておかねばならんと思います。もちろん本日こうした披露宴をするに当たりまして私共としては珍しく細心の注意は払いましたし、会員各自のいろんな思いもあるのでしょうし、そうしたことも考えて一体どういうふうにしようかと考えたことはありますが、ただ先日の三月の講演会で話も出ておりましたように、やはり幸福の科学が幸福の科学として看板をかけているということは、やはりその看板に対してなんらかの効果が出るのは当然であると考えてよいと思います。幸福の科学の看板をかけておいて不幸の科学となっていくのであれば、これはまったく見当違いであります。やはり看板には効果というのがありましてそこには私たちの目標というものが掲げられているわけであります。

 そうしてみると、その中心部分にいる主宰がいつまでも独身でいて、他人が結婚していくのを見ては嫉妬していったのでは、これは大変なことでございまして、できるだけ会が大きくならないうちに早めに自分の身を固めておかねばならない。そういうことも感じました。幸いなことに私の後にもまた安田さんがご結婚されるそうですが、これもこれらが先に決まっていてよかったと、後であったらいろんなことがあるかも知れませんが、幸いにして主宰の方が片づいておりましたので、そういうことがよかったんじゃないかと考えています。まあこのように看板に偽りがあるかないかということをまず自らもって示してみせたということであります。
 今後もさまざまな現象といいますか、幸福の奇跡は次々と起きてくるものと考えていますが、その皮切りにあたりまして私自身が、そのように見せることができたということを大変嬉しく思っております。

 そして次なる問題は結婚生活ということと神理の探求、伝道ということが果たして両立するのか、しないのか、大方の結婚を経験された方、大体四十から五十の方は悲観的なイメージを持っておられる方も大変多い。また先般出ました「高橋信次の天国と地獄」見ましても、大変悲観的なニュアンスが出ている。こういうこともあって危惧される方も多いであろうと思いますが、そういうふうに危惧されると結婚がやたらしたくなってみるものです。そして自らじゃあどうなるか試してみたいと思います。

 ただ思いますのに先ほど事務局長の方から二千六百年前のインドの釈迦の話が出ておりましたが、釈迦自身の生涯というものを振り返ってみた時に、完全な人生であったかと考えてみれば、必ずしもそうではなかったのではないかと感じるわけであります。法という意味ではもちろんある程度の完成を見たわけでありますが、個人の生活、あるいは人生という点をとった場合に未完成の部分が残っているし、また後世に対して責任をとれない部分があったのではないかと感じています。その部分は一体なんであるかというと、結局出家ということを機縁として法を求めていったわけでありますが、個人としてそうしたことをするのは結構でありますが、後、二千年以上にわたって続いていくということが非常に問題となるわけであります。

 本来悟りというものは、そのように出家をして洞窟の中でなければ悟れないかといえば、そうしたものではないのであります。そうした環境とか外部条件によって悟る悟らないというのがあるのではなくて、あくまでも悟りはその人の心の中にあるのであります。どのような環境にあっても心を磨き悟っていくというのが本当の修行者の姿であります。そうであるならば、そして釈迦の教えが八正道を中軸とした中道の教えであるならば、人間として普通に生きながら、そのなかにおって悟りを求める方法論が呈示されて当然であったのではないか、その点に非常に問題が残っていると感じるわけであります。
 また今世現代において出ている宗教家たちも、たとえば内村鑑三であるとか、谷口雅春、高橋信次、こうした方々の今回の生活を見てみましても、だいたい結婚して、それなりに道を求めておられるということがいえるんでないかと思います。こうしてみると、こうしたスタイルが今後、やはり期待されているスタイルではないのか。

 そして私としてやるべきことは当然人間がなすべき家庭の維持、それから、その発展をやりながら、その中でどのように日々心を磨き、また皆様に実りのある話をし、書物を出していけるか、読んでいただけるかということではないかと思います。
 現在のところ、この四ヶ月というものを振り返ってみまして自分を考えてみますと支障ということはまったくないというのが現状であります。ますますなんと言いますか、専念化して自分の仕事にまい進できるのではないかという希望を持っております。なんと言いますか、皆様には、ずい分厳しいことも言ったり、いろんな試練を与えておりますが、自分自身はどちらかと言うと、ともすれば易きに流れる傾向がございまして、やはり身近に教育係がいた方がよいのではないか、「もっと働け」と言う人がいた方がよいのではないか、そういうふうに考えるわけであります。
 そうしてみると、この結婚を通して、もっともっと大きな社会への還元ができるのではないか、また後進の者たちへも、ひとつの希望を呈示できるのではないか、そういうふうに感じます。

 そういうことで私個人としては、こういう考えでありますが今後ともこの幸福の科学の活動が広がっていくにつれましていろんな方の結婚ということもあるでしょうし、事業の成功ということもありましょうし、あるいはそれ以外にさまざまな幸福な現象というのが起きてくるであろうと考えています。そしてその理由は一体どこにあるのかというと、決して現世利益とか、そうしたことのためにあるんではないんです。私たちが求めている悟りというのは、この世とあの世を貫く悟りでありますが、その結果としてあの世的に幸福になることだけをもとめているだけではない。この世とあの世を貫くという以上は、この世においてもやはり本当に悟った方ならそれだけの効果が出るはずである。幸福現象が出るはずである。

 そして私たちの教えそのものが、まず自らを照らしていく、自らの中を充実していく。自らの中を充実して、それを外に広げていく。こういう考えでありますから、まず一人ひとりが、神理を行じている一人ひとりがやはり心の充実をし、そしてその人格は、社会からいろいろといわれることがないような、そういう皆さんであっていいと思うのであります。また自ら幸福でなければ他の人々を積極的に幸福にしていくことが非常に難しい面もあることも事実であります。さすれば自らが幸福になるということは、これは権利ではなくてひとつの義務であります。自らが幸福になるという義務を果たして、その義務の延長線上において他の人々の幸福をまた図っていく、これは決して利己主義であるとか、エゴイズムというようなこととは違うのであります。それは人間は基本的に自分の人生には自分で責任をとらなければならないからであります。

 自分で自分の人生に責任をとるということは人類を幸福化する際に結局、まず自分が自分を幸福化しなければ他の人々を出来ないということですね。すなわちお互いに自分のことを構っておれなくて他の方を幸福にしようといろいろとするよりは、まず魂の修行としては自分自身が幸福になっていく。自分自身をまず固めていく、こうした方針を私たちはとっているわけであります。これが結局において長い目で見て間違いのない生き方であるからです。自分というものを固めることができずに、他の人を導こうとしながら転落している数多くの宗教家たちの姿を見るにつけて、私たちは自分を鍛え、自分を磨き、自分自身を真の意味において幸福にしていくということがどれほど大事であるかということを学ばねばならんということであります。
 これは幸福の科学の教えそのものが釈迦の教えである利自即利他、自分を利していく中に他を利していく道を求めていくという考え、これに貫かれていく道を求めていくという考え、これに貫かれているということと同じであります。そのように私たちも今ひとつそうした流れの中にあって、こうした神理というものが決して自分の外にあるものではなくて、自分たち自身、あるいは自分をとりまく環境に中に現れてくるということが本当の姿ではないのかと思うわけであります。

 また本日ご出席された皆さんの中にも、まだご独身の方もいらっしゃるでしょうが、本日披露宴に出られた方は近々すべて結婚していかれることになっておるわけであります。その順番は私は言おうと思えば言えるのですが、近々皆さん順番にパタパタパタパタと決まっていかれることになっているんであります。それはここ一、二年の中にそうなるでありましょう。これはひとつの現象であります。現象でありますので逃れることはできないのであります。覚悟していただきたい。このように感じます。ですからまあ本当に判断に迷ったような場合には私の方に相談いただけければ一秒でお答えを出すということでございますので大変便利ではないかと思います。まあそういうことで私だけではなく皆さんもまたそうした幸福な現象を体験されるであろうと思います。そしてその時に大切なことは、私たちが本当に自分たちだけの力で、そうした幸福を手に入れることができたのではなくて多くの人々のお陰を受けているという事実を決して忘れてはならないということだと思います。

 私が現在ありますのも自分たちだけの力ではなくて、やはり多くの人々の恩恵を受けていることは事実であります。生まれてよりこの方、三十年余り生きてまいりましたが、その間、多くの人の恩恵に預かって来たことは事実でありますし、また私がこのような仕事を現在できるのも皆さんの多くのご協力の賜物であろうと考えています。こうしたことを考えた時に幸福というものは自ら感謝というものを生んでいくものだと感じるわけであります。感謝を生まない幸福というのは本当のものではない、こう感じます。それは偽りのものであり、表面的なものであると、こういうふうに考えるわけであります。

 さて長くなりましたが、このスピーチを締めくくるのにあたりまして本日仲人をして下さっています、総務局長の関谷様、それから秘書室長の原様、本当にありがとうございました。
 また本日は私の両親が四国からまいっております。会員の皆様には今まで黙っておりましたが、実は私の父というのが幸福の科学の顧問をしております善川三朗であります。これはもっと早く本来は発表する予定であったのでありますが、いろいろ出版の事情がございまして、出版社の方で、まずその名前で出している以上それでやってくれということもありまして現在まで、そのままで来たわけであります。なぜそのようなスタートをしたかと言いますと私自身が先ほどの紹介にありましたように、総合商社というところに勤めておりました。そしてまだこの道に入るかどうか決断しかねておったわけであります。
 高橋信次先生も生前宗教の方でご飯を食べてはいけないと言っておられましたが、私もできるならば商社に勤めながらやれるところまでやってみたいという考えがあったのであります。できれば十年、二十年でも勤めながらやれるものならやってみたいという気持ちがあったのですが、多くの人の声援といいますか、是非早く世に出てくれという声に負けて、ついに会社をやめて、この道に入ったわけであります。

 そういう意味もあって私が商社勤務時代、将来への微かな欲も残っていたということがいえるかも知れませんが、会社の中では、やはり若手の中では期待をずい分されていた一人でありまして、そうした多くの人たちの期待を裏切るということも非常に心苦しかった事実がありました。段々会社の方からはいろんな研修を受けたりして、期待をかけられてきたわけでありますが、そうした中で、自分として誠に残念ながら妥協的な案を出す以外になかった。すなわち私の父に前面に出ていただいて、その間、すべての世間の、あるいは世論の圧力を受けて立っていただいた。こういうわけであります。そういうこともあって出版社との交渉、その他窓口を私の父にやっていただいたわけであります。この経緯でもって、現在、善川三朗、大川隆法という名前になっておりますが、これは時期が来たらもちろん明らかにするつもりでありましたし、そうしたことを隠すことがなんの意味もないということは私も知っているのであります。
 ただ名前ということに関しては大川隆法という名前を名のっておりますが、これにはひとつの願いがこもっております。大きな川の如く法を興したいという願いであります。戸籍上の本名はともかく、やはりそうした法名と言いますか、仕事に関する願いというのに名前があるわけであります。こうした名前を大切にして後世まで仕事を伝えていきたい、こういうふうに考えます。

 また本日秋田の方から、おいでいただきました私の妻の両親に対しても、幼い頃より大変よい教育をしてくれたことを心から感謝をいたします。このような形で非常に細やかな披露宴であることを申しわけなく思っております。世の人々のため生きておる私にとって、こうした簡素な式しかあげられないということをまことに申しわけなく思っておりますが、どうか許していただきたいと思います。まあ以上で簡単なスピーチを終わらせていただきます。本当にありがとうございました。

■資料元 『K福のK学倶楽部』
http://www.eonet.ne.jp/~orclub777/kurabu4-5.htm(停止)


参照 >> 大川隆法インタビュー 「宗教界は企業努力が足りない」=文藝春秋1991/08 より
 ── 奥様とのなれそめは?
 大川 あちらも会員で、研修会にきたりしてまして‥‥。不思議なことに、あっちも霊道を開いていたんですね。自動書記とか霊言ができるようになった。お互い、「結婚の相手はこの人だ」という霊示もあったんですね。それで初めてのデートで、その場で婚約でした。


追記 2012/07/04 略していた部分を載せました。最初に抜粋分だけ載せていたのは、あまりにも長文であり、隆法・恭子の関係にポイントが絞りにくかったこと。それと、あとで別に取り上げようと思っていたこともありました。
以前略していた部分に、今後会員が次々と結婚するというような話をしていますが、これは例の「神託結婚」のことでしょう。関谷さんの『虚業教団』が参考になります。
善川・大川両氏が実の親子であったのに、それを隠していたことも書かれています。偶然出会った他人のフリをしていたのです。これも関谷さんの本にあります。「知らなかった」と。大川氏は出版社との事情であったなどと言い訳していますが、売り上げのイメージつくりのためにそんなことでウソをつく宗教家が真理の提言者でありえましょうか。救世主のすることでしょうか?
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[ 2015/10/30 02:42 ] [ 編集 ]
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